第3話 昭和のおっさんと平成の美女

「えっほ、えっほ!」


 あれから無事、なんとか日雇いではあるが仕事が見つかった。

 大工職人が雑用を求めていて、力仕事ができる人間ならだれでも寄こして欲しいと緩い条件を付けてくれたのだ。


 それならばとスルリと申し込み、今日晴れて人生初仕事(こっちでは)に取り掛かっている。

 屋根の部分となる木材をトラックから現場まで運び出し、それが終わったら他の力仕事も任されている。


「ふう、ラッキーだったな」

 幸いなことに、俺の筋力は全く衰えちゃいなかった。

 こっちの世界では魔力をあまり感じないが、それでも魔王を倒した男だ。体が本当に頑丈になったし、この世界では世界一の力持ちを名乗っても良い可能性だってある。


 今も太い柱をまとめて10本担いで、余裕で走り回っていた。

 柱のような道具を見ると、ついつい戦闘の記憶が蘇る。そういや、あっちでは追い込まれたときは目に見えるもの全てを武器にしていたっけ。


「おい、わけーの!手が止まってるぞ。仕事がおせーんだよ!」


 調子よく仕事していると、梁に乗っかって仕事していた棟梁に怒鳴られた。


「うるせーぞ、ジジイ。かなりはえーよ!」

「ったく、口だけ達者になりやがって。これだから最近の若いのは」

「若くねーよ!もう35だよ」

 悲しいことに、結構中年だわ。


 とりあえず文句言いたいだけの棟梁を適当にあしらって、仕事を進める。口うるさい爺さんだが、なんだかんだで感謝している。こんな経歴もない、10年間スポンと消えていた男に仕事をくれるんだから。優しい人でしかない。


 だから、貰っている以上の仕事をせねば。


 と、張り切っていたら、運んでいる木材が柱にぶつかってしまった。

 やべっ!

 ついつい急ぎすぎた。現場のスペースが少し狭くてさぁ。


「おい、ガキ!てめー、今日の給料無しにしてやろうか!」

「うるせーぞ、ジジイ。てめーのはげ頭が眩しく前が見えねーんだよ」

「んだとガキャ!!」


 今日一でブチギレて、棟梁が二階部分から怒鳴り上げる。


「髪あるわ!まだ丁寧に数えると、100本もあんねん!最近のガキは目ーまで悪いらしい。だから柱にぶつかりよるねん!」

「髪数えてる時点でおしまいだよ!あきらめろ!富豪がいちいち預金残高確認しないように、俺たちふさふさ民も髪の本数なんて気にしてねーんだよ」

 数えている時点でもう止まらないビッグウェーブに飲まれてんだよ。


「てめーこのガキ!もう我慢ならん!40年釘を打ってきたこのトンカチを、その脳天に叩き下ろしてやるわ!」

「やってみろクソジジイ!残り少ない余生と髪の毛、全部この場に埋めてやんよ!」


 この後近所の人が注意してくれなきゃ、通報されて仕事ではなくなるところだった。

 声をかけてくれた近所のおばちゃん、ありがとう。


昼。


「ふう、全く午前中はどうなるかと思ったが、おめー案外やるじゃねーか」

「棟梁もいい仕事しますね」


 昼になり、太い木材の上に座り込んだ俺と棟梁は、弁当を食べながらなんだかんだ仲良く会話していた。お互いの午前中の仕事っぷりを称えあう。


 午前中の仕事はかなり順調で、その良い進み具合に俺も貢献できたと思うと、飯がうまかった。


「棟梁の弁当うまいっすね」

 俺の弁当は棟梁が用意してくれたものだった。手作りで、味がどれも染みていて、汗の流れた体に最高の旨みを届けてくれる。


「ドンと呼びな」

「おっす、ドン」

「そりゃ母ちゃんが作ってくれた弁当だ。今日はわけーのが手伝いに来てくれると聞いてたからな、特別に二人分作って貰った」

「あざっす。金ないんで、まじで助かります」

 実際、昼の弁当なんて一切考えていなかったので本当に助かった。あっちの世界で空腹にも慣れてはいるが、当然食っていた方が働きもいい。


そんな感謝の気持ちたっぷりで弁当を書き込んでいると、食べる手を止めた棟梁がこっちを見ながら神妙な面持ちで語り始めた。


「おめーあれだろ。その歳でこんな雑用ってことは、長いこと引きこもってた口か。大学に入るも、空気感に馴染めず中退。バイトも続かず、点々とし。しかもおまけにモテねー。そのうち社会も嫌になって引きこもってたんだろ」

「解像度高すぎてこーえよ。俺の人生見て来たのかよ」

 爺、どんだけ引きこもりに理解あんだよ。少しこえーよ。昭和の男がそこに理解あっちゃダメだろ。


「んだがよぉ……まあ朝の働きっぷりは悪くなかった。おめーが良ければ、明日もくっか?」

「……明日も。ここに?」

「おうよ」

 おいおい、マジか。


 肚のそこから湧き上がるような喜びが全身を駆け巡った。そういえば、異世界でもそうだったな。

 俺、あっちで最初に力を得たのは生きるためだったけど、なんで勇者になったのかを思い出した。

 そうだ、こうして誰かに求められることが嬉しく、それで気づいたら人類を守る戦いに巻き込まれて、魔王まで討っちゃったんだ。

 最初はほんの小さなきっかけで、誰かの役に立っている実感が嬉しくて、それがあんな大きなことを成し遂げる結果になって!


「ははっ……」

 またいろいろ思い出しちゃったな。


「……ドン!あんた、口も態度も悪くて、ついでに頭も。それが原因で跡継ぎに逃げられて、廃業迎えることを寂しがってる自業自得な職人だけど、お世話になります!!」

「おめーも解像度たけ―んだよ、ガキ!全部見て来たんか。ワシの人生見て来たんか!お世話になります、の部分だけで十分じゃ!」

「あざっす!明日も弁当お願いします。まじでうまいっす」

「ったく、調子の良いガキだ」


 悪態をつきながらも、ドンは見えないようにそっと笑っていた。

 なんか、こっちにも初めて居場所が出来た気がした。

 俺もバレないように、そっと笑う。


「……老人と中年がなにニヤニヤ笑ってんですか。キモイんですけど」

「はぎゃっ!?」


 俺とドンが同時に飛び上がる程驚かされた。

 いつのまにか、目の前にはスーツ姿の美人さんがいたのだ。ショートカットに髪の毛を綺麗に切りそろえた、賢そうな人だった。


 こんな暑い中、涼し気な顔でスーツをびっしりと着こんでいる。


「別嬪さん、あんた暑くねーんか」

「暑いですが、公僕はルールに逆らえませんので」

 公僕?

 公務員かな?


「ドン、あんた断熱性能か耐震性誤魔化したんですか?公務員来ちゃってますよ」

「馬鹿言え。大工になって40年、客に恥じるような仕事は一度もしたことねーわ」

「じゃあなんでいんだよ。なんかすげー高級車に乗ってきたみたいだし、たぶんそこそこの立場の人だぞ」


 美人さんは見た目かなり若い。20代中盤くらいだろう。それなのに、彼女の乗ってきた車は芸能人とかを送り迎えするときに使う高級ミニバンだった。駆け出しのペーペーが乗れる車じゃない。


「国家公務員、異世界多元外交部 、雲雀あやと申します。部署内では下っ端ですが、エリート中のエリートなので、いずれはてっぺんを取る女です。よろしく」

「あっはい」

 清楚な見た目に反して、かなり野心家な人かもしれない。差し出された手をありがたく握って握手を交わす。


 って、あれ?今……。


「異世界多元外交部……?」

「はい、よく一度で覚えましたね」

「ってことは、俺の客?」

「はい、野輪二都さんですね……。滅茶苦茶仕事に困りそうな名前していますね」

「ほっとけ」

 もう既にこれまでの人生で散々からかわれて来たんだよ。


「異世界魔法を討ったあなたが、なんでこんな日雇い仕事なんて」

「だって、金ないし……」

 言わせんな、恥ずかしい。

 美女を前に金がないとか一番言いづれーんだからな。本当になんていう羞恥プレイ?


「異世界多元外交部は、あなたが行った世界と継続して連絡を取り合っています。我々は知識を共有し、互いの世界の発展に努めております。最近流行っているAI技術も、あちらの魔術師の知識を分けて頂いたものなんですよ」

「AI?」

「ああ、そうでしたね。あなたはこちらの技術に知識が追い付いていませんね」

「……AI?」

 ドンも同じことを口にする。


「……はあ」

 ため息をつかれた。美人さんにため息を!


「とにかく、あちらの世界の王は野輪さんに大層感謝しています。あなたにはいずれ、魔王を討った報奨金が支払われることでしょう」

「え、こっちの世界で?」

「はい、こちらの世界でです。先ほども言ったように、我々はあちらの世界から多大なる恩恵を受けている。あなたが日雇いの仕事をしていると知られた日には、王の逆鱗に触れる可能性があります」


 王が?

 魔王討伐前と後に少し話した程度の人だったけど、ちゃんと俺に恩義を感じていたのか。旅立ちの日、こっちの世界換算で3000円しかくれなかったあの王が?それとも聖女たちが働きかけてくれているのか?

 まあ、なんにしてもありがたいことだ。


 それに何より、あちらの世界と繋がりが切れたかと思っていたのに、こうしてまた関係性が持てそうなだけでも喜ばしいことだった。


「報奨金か……。まあ、俺この仕事辞めないけどね」

「なぜです?報奨金は結構な額を用意できますよ。それこそ、異世界多元外交部は世界中に拠点があるため、予算も世界各国から出されています。一生遊べる金額があなたには支払われるでしょう」

「でも、俺がいなくなったらハゲじじいがまた後継者に悩みそうだしな。それに折角の縁だし、家作ってみたいんだ。手に職付けるってなんか格好良くね?」

男はやっぱりこうでなくちゃな!


「良く言った!ガキ!よっしゃ来い!訳の分からん話ばっかりで頭がいっぱいいっぱいだ。AIだのイセエビだのと。それより釘の打ち方教えちゃる!」

「おっす!」


 俺とドンは弁当箱をしまうと、さっそく現場へと駆けだした。


「ええっ……。AIは訳わからなくないし、私の話全然聞いて貰ってねー。上司に怒られるんですけど。王もキレるんですけど」


 後ろから雲雀さんの少し残念そうな声が聞こえて来た。




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