第2話 コンビニは危険
10年ぶりに会った両親は、俺のことを空き巣と勘違いして武装してた。
子供の頃に使用していたボコボコの金属バットと、原付のヘルメットをかぶった父親を先頭に、母さんと二人で二階の空き巣を制圧しに来たらしい。
そこで、10年ぶりに俺と再開することとなった。
「……え?二都(にと)?二都なのか?」
「父さん……母さん……随分と白髪が増えたな」
10年という時間はやはり長かった。まだハゲてこそいなかったが、父親の髪の毛は白と黒が混ざり合って、年金暮らし間近のオシャレアッシュになっている。
「生きてたの?」
母さんの生きていたの?発言に一瞬感動して泣きそうになった。
けど、改めて考えるとそれはどっちの「生きていたの?」だろうか。
息子が生きていた故の嬉しさから来る「生きていたの?」なのか。
もしくは。
またあのニートが戻って来た故の絶望から来る「生きていたの?」なのか。
後者の場合、ショックで死んでしまうので詳しくは聞かなかった。知らない方が良いこともあるのだ。
俺はこの後二人から何を言われるのか若干怖くなり、先手を打つことにした。
「俺、働く。ちゃんと働くよ」
「……お、おう」
父親は困った反応をしていた。まあ10年ぶりに帰ってきたかと思えば、会話がこれだもんな。
「先立つものも必要だろう。しばらく泊まって行ったらどうだ?」
「いいのか?」
てっきり野宿でもしようと思っていた。異世界では、嵐や雪の中でも余裕で寝ていたからな。魔物に頭をかじられながら目覚めたことも数回ある。
まあ、あっちでは魔力もあったんだけね。
「……二都。あれだ、元気そうで何よりだ」
「おう。父さんと母さんもな」
静かな解散。
空き巣騒動はこれで収まり、俺は10年ぶりにこどおじ部屋で寝ることになった。
静かな室内は安全で、異世界とは全く違う安らぎを与えてくれる。
「マットレス、こんな短かったかな?」
やけにマットレスが短く感じた。向こうの安宿位の小ささだ。でもふわふわ度はこっちの方が遥かに上。
朝起きても、まだこっちの世界に慣れない感じがした。
やたらと狭く感じる自室で、何から始めようかと考える。
整理から始めようと決め、荷物をまとめる。どうやら両親が郵便物を全部取ってくれているようで、それが段ボールに敷き詰められていた。不要なものを全部ゴミ箱に捨てていくと、ゾッとするものが出てくる。
「おえっ」
同窓会の招待状だった。
しかも日付は昨日。なんてタイミングでこっちの世界に戻ってきてしまったんだよ、俺。
「絶対に行かね」
ポイっとゴミ箱へと捨てる。悩む必要性すらない。
こんなところに行ったって、同級生たちにマウントを取られるだけだ。
しかも悪いことに、俺の卒業した高校はかなりの進学校である。有名大学に進んだ者がほとんどで、専門職に就いた者もいたし、そもそも親が金持ちの家が多い。
勉強できるからと超エリート校に進んだが、庶民の居場所じゃなかったなと今更に思う。
「行ってもハードマウント取られるだけだもんな」
想像しただけで寒気がして、身の毛がよだつ。ううっ。
そうやって小忙しく動き回れば、2時間もあると部屋は綺麗に整理された。時計を見ると、まだ7時。ちょうど眩しい朝日が窓から差し込んでいる。そういや、これも異世界の影響で随分と早起きの習慣がついてしまった。
軽く筋トレをし、これもあっちの習慣、体の調子を確かめてこどおじ部屋から出た。
「随分と簡単に開いたな」
昔は、この自室の扉がさぞ重たかった。
飯はいつも部屋の前に置いてて貰っていたし、トイレもできるだけ人気を感じられないタイミングを狙って出ていた。外に用事があるときは、年に数回だけ深夜にひっそり抜け出していたなぁ……窓から。
まるで何かに怯え、何かから逃げるように生きていた。
不思議なものだ。今じゃ、そんな感情なんて欠片も残っていなかった。
一階に降りると、ありがたいことに俺の朝食まで用意されている。金なんてないからな、ありがたく頂戴する。
「母さん、サンキュー。美味しくいただきます」
「あ、あら……。持っていこうと思ってたんだけど」
「しばらくはここで食べさせてもらうよ。給料入ったらすぐに出てくから」
「いや、何もそんなに急がなくても」
「まあまあ。慌てるくらいじゃないと、また居ついちゃいそうだし」
何せ実家は快適だからな。飛び出すくらいがちょうどいい。
10年ぶりに実家飯を食べて、食器洗いをして食費の代わりとした俺は、勢いそのままにコンビニへと向かった。
携帯電話もないし、伝手もない。となれば、コンビニに置いてある無料求人誌を頼ろう。
日雇いでもいい。ていうか、日雇いが良い。即金が欲しいし、何より今は異世界帰りで体がムキムキだ。10年前のもやし状態の俺とは違う。現場仕事大歓迎である。
「あれ?……ない」
おかしい。
コンビニといえば、無料の求人誌があるはずなんだが、近くのコンビニにはなかった。有料雑誌には『仕事募集!』なんて見出しもあったが、残念ながら1円ももっちゃいない。
なんでだ?この10年で、日本は仕事に困らない世の中に?
そんな訳がないとコンビニを周る。苦労すること4件目。
「うわっ。あった……!」
ようやく無料の求人雑誌を見つけることに成功した。
けれど、昔テレビCMで見たような大手のものではなく、地元のこじんまりとした求心誌だった。
「はえー。俺のいない間に、随分と世界も変わっちまったんだな」
どうやら今はこういうのも減ったらしい。みんな手に黒い箱型の携帯電話みたいなのを持って、ずっと見ている。
歩きながらも見ているんだから、器用なものだ。
俺もいずれはあれを持つことになるのかな?
求人誌を片手に変化した景色を眺めていると、ポンと肩を叩かれた。
ん?
「お前……野輪二都(のわ にと)か?」
……!?
うげっ!!
そこには高校時代の同級生がいたのだ。
しかも、絶対に会いたくないランキング上位の男。
高校時代はバスケ部のキャプテン。進学校に通いながら、バスケでも全国大会に出る超ハイスペック。しかも長身イケメンで、当時は3股交際をしていたプレイボーイ。天は俺から取り上げたものを、こいつに4個くらい多く分け与えやがった。
「橘……くん」
なんか君づけしちゃった。負けた気分。もう一回再会の部分からやり直したい。なんか昔の記憶がフラッシュバックしてきて、気圧されしまった。
「おいおい。死んだって話だったのに、生きてんじゃん。どうしてたんだよ」
どうしてた?
ニートにそんなこと聞くな!死ぬとこだぞ。
ニートに予定なんてあるか。異世界行ってなかったら、ずっと部屋にいたわ。
「ま、まあ。のんびりしてた」
「へぇー。元気そうでいいじゃん。そういえば、同窓会の案内届いてただろ?お前、来るよな?」
行くわけねーだろ。
ニートが同窓会行ってなんの得があんだよ。仕事紹介してくれんのか?金くれんのか?
なんのスキルもない俺に。
どう断ろうかと悩んでいると、橘が聞いてもいないことを話し始める。
「いやー、良いタイミングだよな。みんなそれぞれの人生が軌道に乗ってきた頃だろうしな。ここらで久々の再開ってのは。昔を思い出せて楽しそうだ」
「そ、そうかな……」
「そうだよ。俺なんて今は出世して都市銀行の部長になったんだぜ。史上最年少での部長よ。今年の年収は1000万は下らねーだろうな。神水ハウスで建てたマイホームのローンも早めに払い終えそうだぜ」
「部長……マイホーム……」
年収1000万円!?
目の前が暗くなった。
リスタートしますか?
YES ←
NO
YESをクリックしてんだろうがああああああああああ!!
あんなに帰って来たかった場所なのに。向こうの親友たちを置いてまで帰ってきたのに。なんだこの非情な報いは!!
「嫁がさあ、海外旅行に行きたいって言うしさぁ。でも子供がまだ幼いし、俺も仕事が忙しくてな。出張でニューヨークに行くから時間がないんだよ。しかも夜は融資している社長たちの飲みもあるし。あー、時間が。お前はいいよな。朝からこんなコンビニで時間潰す時間があってさ。大人は金はあるけど、どうしても時間がないんだよなぁ」
「ははっ」
やけに乾いた笑いが出た。
なんかここまでマウント取られると、逆にもうダメージも無くなってくる。いや、これが耐性ってやつかもな。
最初こそ鼓動がバクバクしたいたが、橘のノンストップマウントトークのおかげで随分と慣れた。
感謝するよ、本当に。
「そうそう。この間もよぉ、新車のノクサス買って……ってなんだよ。もう行くのかよ」
「ああ、生憎仕事を探す必要があってな」
橘との会話は強引に切り上げさせて貰った。聞くに堪えないし、実際早く仕事を探したかったからな。
「仕事探し……。おい、野輪。同窓会はちゃんと来るんだよな?」
この言葉に立ち止まった。
うーん、初めは絶対に行かないと思っていたけど、なんか橘のマウント話を聞いていると、それがどうでも良くなってきた。
久々だし、みんなの顔を見に行くか。仲が良かったやつらもいるしな。
「おう。行くよ、橘。みんなにもそう伝えてくれ」
「……わかった。あれ、なんか雰囲気変わった?」
背中越しに声をかけられたが、返事はしなかった。
びくびくした感じが消えたんだろうな。
雰囲気が変わったというより、あっちの状態に戻った、が正しいな。
何を怯えて小さくなっていたんだか。
別にマウントを取られても、見下されてもいいじゃないか。
俺には異世界で魔王を倒した誇りと実績があるのだから。
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