4 ホスバッハの噂

1937年11月の初め、ベルリンの冬は早々と厳しい寒さをもたらしていた。 しかし、その冷たい空気にもかかわらず、私の胸には熱い焦燥感が渦巻いていた。

連日の冷え込みをものともせず、私は考え続けていた。 私の耳に届いた噂は、私を一層不安にさせた。 それは、ヒトラー総統が主導したとされる秘密会議に関するものであり、後に「ホスバッハ覚書」として知られることになる重要な文書についてのものだった。

その会議で語られた内容は、ドイツの未来にとって決定的な意味を持つものだとささやかれていた。 ヒトラーが何を計画しているのか、その真意がどこにあるのか、私はその情報を知る必要があると強く感じた。 なぜなら、私は国防部長として、祖国の運命を左右する決断に関与し、その方向性を理解する責任があるからだ。


その会議には、ヒトラー総統、フォン・ブロムベルク陸相、フォン・ノイラート外相、そして各軍の最高司令官らが出席し、長時間にわたり外交や軍事についての議論が交わされたという話を耳にした。 公式に公表されることはなかったが、ヒトラー総統が今後のドイツの進路について非常に明確なビジョンを持っていたという噂が広まっていた。

「ヒトラーは、ドイツの安全保障と国民の人口増加を目的にしているらしい。そして、そのためには生存圏の拡大が不可欠だと考えていると話していたそうだ」と、とある将軍から聞いたとき、私はその言葉に深い意味を感じざるを得なかった。


――生存圏――


この言葉が私の心に重くのしかかっていた。 ヴェーファー将軍から聞いたところによれば、ヒトラー総統は、ただの植民地の奪取ではなく、ヨーロッパ内でドイツが必要とする領土を見つけるべきだと語っていたという。 そして、武力行使が避けられない解決策であることを強調し、これが我が国にとって避けることのできないリスクであると示唆していたそうだ。

この情報は、私にとって単なる噂以上のものだった。 ヒトラーの言葉は、ドイツの未来を左右する重大な方針を示しているとしか思えなかった。 生存圏の拡大、それはドイツがこれから直面する運命の一部であり、私たちはその運命に従うしかないのだろうか。


さらに、ヒトラー総統が語ったとされる内容には、緊迫感が色濃く漂っていた。 その言葉に、時間が限られているという焦りがにじみ出ていたのだ。 総統は、一九四三年から四五年の情勢についての不確実性に言及し、ドイツはこれ以上待つことはできないと断言していたという。

私は、この発言が単に総統自身の権勢の衰退を恐れるものであると同時に、ドイツが持つ軍事的優位性の維持に対する強い危機感を反映していることに気づかされた。 「軍備が旧式化し、敵が追い上げてくる前に、攻撃を仕掛けなければならないと彼は言っていたのだ」との情報が続けて伝えられたとき、その言葉は私の胸に深く突き刺さった。

ヒトラーの視線は明らかに西欧諸国、特にフランスに向けられていた。 彼は、フランスが国内の混乱やイタリアとの紛争によって弱体化する瞬間を狙い、その隙をついて、オーストリアやチェコスロヴァキアに対する制圧行動を計画しているのだという。


これらの噂を耳にしたとき、私の胸の内には重い懸念が渦巻いていた。 もしこの計画が実行に移されるならば、ドイツは再びヨーロッパを混乱の渦に巻き込み、大きな戦争へと突き進むことになるだろう。 それは、第一次世界大戦の悪夢を再び繰り返すことに他ならない。

そして、その先には、イギリスやソビエト連邦との決戦が待ち構えているのだ。 この二つの大国との衝突は、単なる戦争を超え、ドイツの運命そのものを左右する大一番となるだろう。 ヒトラー総統が描く壮大な計画には、確かにドイツの栄光がかかっている。 しかし、その代償がいかに大きなものであるか、私は心の奥底で理解していた。

この不安を抱えつつも、私は自問せずにはいられなかった。 ドイツは本当に、この道を進むべきなのか? 再び血と鉄の道を歩むことが、我々にとって最善の選択なのか? それでも、総統のビジョンに従うしかないのだろうか。 祖国の未来がかかるこの決断が、どこへ私たちを導くのか、まだ見えてはいなかったが、私の中には、どうしようもない焦燥感と恐れが広がっていった。

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