第一章 戦争への道

1 ラインラント

1936年3月、私はベルリンの国軍省で、緊迫した空気の中に身を置いていた。ヒトラー総統がラインラント進駐を命じたという知らせが伝わると、その波紋は瞬く間に軍内に広がり、将校たちはその歴史的な決断に対する自分たちの役割を再確認し始めた。

その時、私は大佐として国防省の要職に就いていたが、当時の状況を冷静に見つめながらも、心の内では大きな興奮と誇りが込み上げてきていた。この瞬間は、私たちが長い間待ち望んでいたものであり、ドイツが再び世界の舞台で主導権を握るための決定的な一歩だと確信していた。

ラインラント進駐は、ただの軍事行動ではなかった。それは、ヴェルサイユ条約によって押し付けられた屈辱的な制約を打ち破り、ドイツが再び誇り高く立ち上がる象徴であった。私たちは、歴史の転換点に立っているという実感を抱いていた。そして、私はその瞬間に立ち会えることを、この上ない誇りに思った。

この行動がもたらす結果について、国際社会がどう反応するかは未知数だったが、私はそれを恐れてはいなかった。むしろ、これこそがドイツの正当な権利であり、祖国が再び強くなるために必要な試練だと考えていた。私は自分の役割を全うし、祖国の再興に貢献するために、さらに強い決意を持ってこの歴史的な行動に臨んだ。


ラインラントは、第一次世界大戦の敗北後、ドイツに課せられた屈辱的な条約に基づいて非武装化されていた地域だった。その地域に軍を進めることは、ヴェルサイユ条約とロカルノ条約の双方を公然と破る行為であり、ヒトラー総統はその重大な決断を下した。

この決断がもたらす結果を熟考しながらも、私はその背景にある戦略的な意図を理解していた。当時のフランス政府は、選挙前の不安定な状況にあり、内部の対立が深刻化していたため、決断力を欠いていることは明白だった。それに加えて、英仏の連携がほころび始めている今こそ、ドイツが行動を起こす絶好の機会であると、私は確信していた。


ヒトラーの大胆さには、いつも感嘆せざるを得なかった。総統がこのリスクを冒すことによって、ヨーロッパ全体に再びドイツの力を示すことができると信じていた。その信念は揺るぎなく、私もその勇気と決断力に心を打たれていた。

私自身、フランス軍が実際に国境を越えてくる可能性は低いと踏んでいた。フランス政府は内政の混乱に加えて、国際的な反応に慎重だったことから、即座に反撃に出ることは考えにくかった。しかし、それでも将官たちは非常に神経質になっていた。特に、フォン・ブロムベルク元帥が進軍の途中で部分的な撤退を提案したとき、私の胸には緊張が走った。

その瞬間、ヒトラー総統が即座にその提案を却下したのを目の当たりにした。彼は、自信満々に


「フランス軍が反撃に出ることはない」


と断言した。総統のその姿はまさに指導者の風格そのものであり、彼の判断と意志の強さを改めて感じた。


私の心に刻まれたのは、ヒトラーが軍事的な挑戦においても自らの信念を貫く姿勢だった。私は、将官たちが恐れている中でヒトラーが冷静に戦局を見極め、断固とした行動を取ることができたのは、総統が持つ特別な能力の証であると理解した。そして、その信念に基づいて行動することが、いかにドイツの未来にとって重要であるかを再確認した。

ベルリンのオフィスで、私は自らの任務に集中していた。彼の役割は、ラインラント進駐が計画通りに進むよう、必要な準備と情報の整理を行うことだった。フランスやイギリスの動きを逐一監視し、万が一の事態に備えるために、あらゆるシナリオを想定していた。しかし、私の心の奥底にはヒトラーの言葉が響いていた。


「フランス軍は奮起しないだろう」


という確信に満ちた言葉である。この確信こそが、私の行動に自信を与え、私を奮い立たせた。

ヒトラーはこの行動を通じて、ドイツが再びヨーロッパの舞台で力を示し、フランスやイギリスに対する劣等感を払拭しようとしていた。私は、この挑戦が成功すれば、ドイツが新たな時代を切り開くことになると確信していた。私は、ドイツがこれまでにないほど強力な軍事力を手に入れ、国際的な地位を再び取り戻すための重要なステップを踏み出したのだと感じていた。


そして、ヒトラーは賭けに勝った。


フランス軍は動かなかった。私たちの進軍に対して、フランスもイギリスも結局、外交手段での抗議にとどまったにすぎなかった。この結果は、総統が最初から見抜いていたことだったのだろう。(これは後に知ることだが、総統はフランスが動かないという確信を持っていたわけではないようだったが。)

彼らの沈黙は、私たちにとって勝利の証だった。ラインラントに再び軍を駐留させるという行動は、ヴェルサイユ条約の枷を打ち破り、ドイツが再び主権国家として力を取り戻すための重要な一歩であった。そして、フランスやイギリスが直接の行動を起こさなかったことで、我々の行動が正当化されたようにも思えた。

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