幕間 スマホゲームと屋上のふたり
「晴宮」
「はい?」
「スマホゲームってやる?」
とある夏の日、いつも通り屋上に座り込んで部活の掛け声が響くグラウンドをぼうっと眺めていると、雨ヶ谷先輩がそんなことを聞いてきた。
「また突然ですね」
「いやね、今日私のクラスの友達が面白いゲームがあるんだよって話してたから。私はそういうの別に興味無いんだけど、晴宮はどうなのかなって気になって」
――わたし以外に友達なんていたんですね。
そう言いそうになる口を、力づくでぐっと抑えた。この間そう言われてキレかけたばかりなのだから、わたしがそれを言ってしまうのは道理に合わない。
それに、雨ヶ谷先輩くらい綺麗な人なら性格がどうであれ友達の一人や二人くらいすぐに出来るだろうと思う。その人たちが先輩に対して何を求めているのかはさておいて、だけど。
「晴宮?」
「ああいえ、なんでも。そうですね……わたしもそれほどやらないですよ。隙間時間に少し触るくらいです」
「そっか。何やるの?」
「『ナマコ育成キット』とか『のぼれ!シャケキング』とかですね。毎日開くのはそんなくらいだと思います」
パッと思い浮かんだゲームの名前を、そのまま口に出す。前者はその名の通り餌やお世話によって自分のナマコを育てて他のユーザーと大きさやなつき度を競うというもので、後者は同じような方法でシャケを育てて、月に一度開催される川登り大会でより良い記録を目指すというものだ。
わたしが小学校の頃からずっとサービスが続いているもので、かつては両親のスマホを貸してもらってやっていたもののデータを移してそのまま引き継いで遊んでいる。
その頃の癖が残っているのか、途切れることなくまだ今も続けている。たしか、今年で七年目くらいになるはずだ。
今も好きだから続けているのか惰性で続けているだけなのかは定かではないけれど、少なくともわたしの生活の一部に組み込まれているのは確かだった。当時はそれだけ夢中になっていたんだろうけど、それが何故なのかは全く思い出せない。
最も、子供の頃に好きだったものなんて大抵はそんなものなのかもしれないけれど。
「……あ、あとあれです。寝る前とかにまとまった時間が出来た時には『アイスパ』とかもやったりしてますよ。毎日やってるわけじゃありませんけど」
アイスパとは「IDOL STARS」というアイドルもののコンテンツのスマホゲームである「IDOL STARS 〜SPARKLY STAGE〜」の略称である。
内容としては、自分がプロデューサーとなって駆け出しのアイドルである女の子をオーディションやレッスンなどを通して導いていくことで、最後の目標である大型大会での優勝を目指すという、育成型のシミュレーションゲームである。CMも媒体問わず放送されていて、そういうものに疎いわたしのような人にも届くくらいには有名になっている。
「ふーん、なんか育てたがりじゃん。そういうの好きなの?」
「そういうわけではありません。ただ、そういうもののほうが馴染み深いので」
前に挙げた二つとはジャンルが大きく異なるけれど、ある目標に向かって何かを育てていく。という根幹は同じものであるように思う。だから好きというよりかは、どちらかというと馴染み深いと言ったほうがいいだろう。
現に今も、どんなゲームの、どんなキャラクターよりも育成するのが難しいのであろう人を相手にしているのだから。……本当に、いつになったら真っ当になってくれるのだろうか。
「なーんか含みのある言い方。もしかして、なんか嫌なこと考えてる?」
「考えてませんよ。ただ、やっぱりゲームは現実には敵わないんだな。とは思いましたけど」
「絶対考えてるじゃん……」
いつも思うけれど、この人はどうしてこう、自分に向けられる負の感情には敏感なのだろうか。昼ご飯も食べずに眠ってしまうくらい、自分の身体の事には無頓着なくせに。
「ま、どうでもいいけど。ね、ちょっとやって見せてくれない?」
「興味無いんじゃなかったんですか?」
「そりゃゲーム自体に興味はないけど、晴宮がやるなら別。そういうのやらない人だと思ってたし、新鮮で良いじゃん。でしょ?」
「いや分かりませんよ。……まぁ別に構いませんけど、そんな面白いものじゃないですから。期待しないでくださいよ」
「わかってるわかってる」
興味津々といった表情を浮かべる雨ヶ谷先輩を放置するわけにもいかず、鞄のサイドポケットから取り出したスマホを立ち上げる。パスワードを入力して、開いたホーム画面にあるゲームアプリがまとめられているファイルを開いてアイプロのアイコンをタップする。
しばらく待つと制作会社のロゴが表示され、続いてゲームのキャラクターが全員集合しているタイトル画面が表示された。
本来ならタイトルコールと制作会社の名前を読み上げる声が流れるはずなのだけど、流石にここで音は出せないのでマナーモードだ。
画面をタップすると、ほどなくトップ画面が表示された。背景はキャラクターのLive2Dやカードイラストを個別に設定できるようになっていて、わたしの場合は最初にゲームを始めるときに貰った、好きなキャラクターの最高レアのカードに設定してある。
「あ、その子見たことある。かわいいよね」
わたしの方に顔を寄せてのぞき込むようにわたしのスマホを見ている雨ヶ谷先輩が、小さく呟く。
「好きなんですか?」
「うん。まあ、CMに出てくる子たちの中では一番ってだけだけど」
「……雨ヶ谷先輩と好きなキャラ被るの、なんか嫌ですね」
「なんでよ。あ、もしかしてあれ?なんだっけ、同担拒否ってやつ?」
「いえ、単純に雨ヶ谷先輩と被るのが嫌なだけです。他の人なら別に、というかどっちでもいいですし」
「なにそれ複雑……」
そんな会話を交わしながら、メインのプロデュースするキャラのカードとそれをサポートするカードでチームを編成して、プロデュースを開始する。シナリオによって進め方が異なってくるのだけど、今は雨ヶ谷先輩がいるので、最初から解放されている一番わかりやすいものを選んだ。
ゲームを進めていくと、アイドルとの会話イベントが発生する。
選んだ選択肢によって好感度が上下したり特定の能力値が上昇したりするので、これらを上手く利用すればこの先のオーディションイベントで有利に立ち回れるようになるのである。
ちなみにわたしはこのゲームを始めてからこの子しかプロデュースしていない。ゆえに、プレイ時間は短くともどの選択肢を選べば好感度が最大値上昇するのか。どの能力値が上昇するのかを大体は覚えている。
このへんの感覚は英単語や歴史の年号を覚える感覚に似ているので、それほど難しくはない。問題は、それらとは違って完全にわたしの自己満足でしかないということなのだけど。
「なんかめっちゃサクサク進めてるけど。覚えてるの?選択肢とか、進め方とか」
プロデュースを進めていって、丁度最後の大会前。今まで黙っていた雨ヶ谷先輩が呟く。声が聞こえてこなかったしどうせ飽きて眠ったんだろうと思っていたから、少しだけ驚いた。
「まぁ、大体は。わたしがプロデュースしてるの、この子だけですから。繰り返しやってたら勝手に覚えました」
「ほんとに好きじゃん」
「……まぁ、そうですね」
真っすぐにそう言われて、つい否定してしまいそうになる自分を抑えながら肯定した。
「なんでちょっと嫌そうなの」
「気のせいです。続き、やりますよ」
画面に向き直って、プロデュースを再開する。最後の大型大会といってもそれはゲーム内だけの話で、わたし達プレイヤーからしてみれば先程までやっていたオーディションイベントと何ら変わらないので、さくっと進めて優勝までこぎつけた。
スマホの画面には、綺麗なエフェクトに包まれた「優勝」の文字と、目尻に涙を溜めながら満面の笑みを浮かべているキャラクターが表示されている。何度も見て慣れたものだけど、今でもこの画面を見ると少しばかり幸せな気分になるものだった。
「なんかあっさりしてんね。この子、滅茶苦茶嬉しそうだけど」
「もう慣れましたから。今はハイスコアとか、新しいカードの会話イベントを求めてプレイしているだけですし」
「なにそれ。なんか心失ってそう」
「どういう見方ですかそれ……」
優勝後の会話イベントとリザルト画面を見た後にスマホの電源を落とすと、丁度最終下校時刻が迫っていることを示すチャイムが鳴った。それの合わせるように、わたしに顔を寄せていた雨ヶ谷先輩が立ち上がって大きく伸びをした。
ちなみに、今回のプロデュースのスコアは現在のハイスコアには全く届いていなかった。最も、わたしが出しているハイスコアなんて、トップ層が叩き出すような理論値に近いものと比べれば全然比べ物にならないものなのだけど。
「ていうか、今の晴宮でそんな進んでないなら、進んでる人たちはどんな境地にいるの」
「そうですね……。具体的に言うと、わたしの二、三倍くらいのスコアを平気で出してます。それもわたしみたいに誰か一人だけを担当しているわけではなく、全てのキャラで」
「えぇ……こっわ……」
軽くお尻をはたいて立ち上がってから言うと、雨ヶ谷先輩がドン引きしていた。……まあ、気持ちは分かるけど。
「でもまぁ、私も初めてみよっかな。なんか楽しそうだし、晴宮と一緒に出来そうだし」
「駄目ですよ。まずはすぐ眠る癖を直してからにしてください」
「なんでよ」
「睡眠時間削れてより日中に眠るようになったらどうするんですか。もしそうなっても責任取りませんからね、わたし」
「大丈夫大丈夫。どっちにしてもそんな変わんないって」
「……そう言えてしまう限りは駄目ですね。絶対に」
そんな会話を交わしながら、ボロボロの扉を開けて屋上を後にする。
雨ヶ谷先輩がわたしの忠言をちゃんと聞いて、アイスパを始めないことを祈りながら。
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