人外の自我

@kinonuketacola

第1話

前線行きが決まった。状況が劣勢のまま続いていたのでいずれこうなるだろうと思っていたが、やはり実際に宣告されてみるとこうも違うのか。現実は残酷だ。戦争なんて俺の時代では無縁なものだと思っていた。しかしそれは予想より遥かに早く起こってしまった。ちょうど子供が生まれて人生の絶頂にいた頃だったのに俺は徴兵された。最初は補給を任されていただけだったので死ぬ危険性は低かったが、今となってはこのざまだ。出発は一週間後になるらしい。ぼーっと夕食を食べていると隣の席のやつが話しかけてきた。

「おまえ前線に行くんだって?しかも一人だけ。ご愁傷さまだな。」

このデリカシーのない奴は吉田という。同僚のようなものだ。というか...

「え?俺以外誰も行かないの?どういうこと?」

普通こういう異動は一人だけ行われるものではない。懲罰を受けるようなことも嫌われるようなことをした覚えもない。

「さあな。まあ頑張れよ。最近なんか軍が不死身の薬を作ってるって噂もあるし、それでも投与してもらえば?」

「戦死しないだけでいいんだがな。」

こいつの言うとおり今不死身の薬が開発されていると言う噂がある。馬鹿馬鹿しいが今はこんな物にも縋りたい気分だ。

前線に行けばぐっすり眠ることもほとんどなくなるのに、碌に寝れないまま一週間を過ごした。新しい部隊とはすぐに馴染めそうなところは不幸中の幸いと言ったところか。彼らは途中で合流した俺にも優しく接してくれた。そろそろ作戦が開始される。俺は先頭につき、銃を構えた。市街地での戦闘は初めてだが射撃は平均以上の点数を取った。大丈夫だ、俺ならいける。少し間をおいて合図がなる、と同時に俺は壁から身を乗り出す。しかし、やはり現実は非情で瞬きもしないうちに撃たれてしまった。腹部に焼けるような痛みが走る。そのまま意識を失った。

目を開けると病院のような天井があった。生きている?いやもうすぐ死ぬのだろう。撃たれたはずの腹部の痛みもなくなっていた。

「意識が戻った!わかりますか?何本に見えます?」

「...三本。」

なぜか俺は喋ることができた。それに体を動かすことができる。どういうことだ?俺は死ぬんじゃないのか?

「落ち着いて聞いてください。あなたは致命傷を負ってもうじき死ぬところでした。しかし新たに開発された薬が投与され強化人間になり助かりました。強化人間は高い再生能力を持ち、身体能力も大幅に上昇し、体格も大きくなります。もうお腹の傷も治っているでしょう?」

そう医者だか研究員だかのような奴は言った。強化人間だって?俺は助かったのか?

「まあ突然こんなことを言われてもすぐには飲み込めないでしょう。とりあえず詳しく説明するので起き上がってください。」

その後、そいつは今の俺の状態について説明した。強化人間になると筋力が大幅に上昇し、体格が大きくなり、再生能力がつき、五感が鋭くなるが痛みは感じにくくなるらしい。そして俺はそれになれる可能性が高かった。それ以上のことは教えてくれなかった。俺はテストを受けてまた前線に復帰しないといけない。なんだよ強化人間って。俺は人体実験の実験台になったのか?そうじゃないと一人だけ前線に行くなんてことは起こらないはずだ。軍に復讐しようとも考えたが俺には家族がいるし結局死ぬことはなかったから結局渋々従うことにした。戦果を上げればそれだけ報酬ももらえると言われたからそれでとことん稼いでやる。

次の日から上昇した能力を確かめるテストが始まった。最初の数日はわからない検査を受けていたが後半になると身体計測などをやるようになった。その間身長が高くなったり目が良くなったり力が強くなっていることを自覚できた。そしてまた数日何もしない日が続き、結果が出た。身長二メートル、体重百五十キロ、握力三百キロ...。人間とは思えないような数値がいくつも出た。俺は脳か心臓以外吹きとんでも十時間ほどで回復するらしい。自分で自分が怖くなるがこれなら戦場で活躍できそうだ。そうして俺はまた前線に駆り出されることになった。

次は山間部で戦闘になったが、俺はすぐに自分の身体の凄さを自覚した。素早い動きで弾も当たらない、照準が合う、近接で五人まとまってかかってきても返り討ちにできる。たった一人で部隊を壊滅させることができた。何発か撃たれたがマシンガン程度では多少痛いだけで済んだ。これなら億万長者にもなれそうだ。それから俺の快進撃は止まらなかった。部隊をいくつも壊滅させた。ただ気になることがあった。それは俺の化け物じみた姿と血が青色になっていることだ。検査を受けた施設には鏡はなかったから、池に全身が写ったときは驚いた。顔が鈍色になっている上に白目がほとんどない。俺は人間じゃなくなっちまったのか?身体が自分を拒否している気がする。このままじゃまずい。なるべく負傷は避けなければ。しかし恐れていた事が起こった。俺は飛んできたグレネードの反応に遅れて爆発が直撃し、頭と胸はなんとか守ったが右腕と下半身が吹き飛んだ。いくら痛覚が鈍くなっていてアドレナリンが出ていても耐えられない痛みだ。むしろ死ねない苦しみをしばらくを味わった。幸か不幸か敵に不気味がられて死体撃ちはされず、俺は下半身が再生するまで転がったままでいた。その後なんとか拠点に戻ったがその日は眠れず朝までぼーっとしていた。痛みが凄まじかったのもあるが、自分が人間ではないと現実に突きつけられたことが大きかった。朝になったら正気に戻り、反抗しようと思ったがグレネードに勝てないなら軍にも勝てないのでまた戦場に行くことになった。もうあんなことは起こしたくない。と思っていたがやはり消耗した精神では力が出ず、撃たれてしまった。死んだふりからの不意打ちで逃れることができたが、もう限界だ。この青い血を見ただけで吐き気がする。もう終わりにしよう。俺は一人で敵陣へ突入する。

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