第6話 クズの失態(遥視点)

「無茶よ。こんなところ、進めないわ!」

目の前に流れる溶岩。

これはダンジョンの地形ではなく、モンスターの攻撃だ。


なんとかお兄ちゃんのいないメンバーで進んできた私たちは60層までやってきたけど、そこで出てきたのは灼熱ゴーレムだった。


「くそっ、まだ60層だぞ?こんなところで引き返すわけにいくもんか!」

クソ野郎の感想なんて聞いてない。

事実として私たちにアレを倒す力はない。

やっぱりお兄ちゃんがいないとダメなのよ。


:前回と同じ灼熱ゴーレムだな

:"明星"なら楽勝だろ?前回の沖田でも軽く倒してた魔物だろ?

:でも、苦戦してねぇ?大丈夫か?

:大丈夫だろ。さすがに日本最強パーティがこんなところで敗走したらヤバいっしょ


配信のコメント欄は好き勝手なことを言っている。

見ているのはほとんどが一般人。

彼らにとってダンジョン探索の配信動画は娯楽に過ぎないし、なんならゲームなどと変わらない。

どれだけの脅威があるかは彼らには感じ取れない。


:でも大丈夫かな?ボクの推しの綾香たんが怪我したら許さないぞ?

:前回琴音ちゃんがダメージを負っちゃったんだよな?あのクソ沖田がちゃんと守らないから。

:可哀そうにね。琴音ちゃんと綾香ちゃんの必殺技さえ当たればどうってことない相手に逃げ惑うことになって、いい迷惑だよ。

:でも本当にこれ大丈夫か?

:あのマグマみたいな火球、すげぇ燃え盛ってるけど

:ここは応援だ!頑張れ琴音ちゃん!綾香ちゃん!

:秀明さまも頑張って!♡

:俺は遥ちゃん推しだからな!!!


「うぁあ~~~~」

そんな応援も空しく、灼熱ゴーレムが放った火球が秀明に直撃する。

金でそろえた装備でなんとか耐えたが、恐らく次はない。


ここは撤退よ。

そう思うが、誰もそれを言い出さない。


言い出して、今度は自分に責任を被せられたら?

遥はそう思ってしまう。

配信されている状況では言い出すことも……いや、問題ないか。

むしろ常識的に考えて言い出さない方がおかしい。


「葛野さん、ここは撤退を」

「なっ、なにを言うんだ!こんな60層なんかで撤退できるわけがないだろ!!!」

全身に火傷を負った状態にもかかわらずクソ野郎が喚く。

あなたは今、私が治癒魔法をかけないと死んでいたかもしれないような状態なのに???


「そうよ。怖気づいたの?こんなところ余裕よね。まだ60層なんだし。葛野さん頑張って♡」

琴音は女戦士のくせに特に攻撃を放つこともなく葛野を応援している。


:えっと。これまずくないか?

:というかなんで秀明様と遥ちゃんと那月さんしか戦ってないの?

:バカ言うな。琴音と綾香は火力担当なんだぜ?相手の動きを止めないとダメだろ?

:バカじゃね~の?"明星"ってこんな探索やってたのか?

:なにがバカだよ。やんのかてめぇ?

:バカだろ。相手の動きが止まるのは相手が死んだ時だろ?攻撃を当てる必要ねぇじゃね~か!つまり役立たずだろ!

:と底辺探索者は申しております、はい。

:お前らより"明星"の方が実績あるんだから、琴音ちゃんの文句言うんじゃね~よ!

:マジかよ……こんなのを紘一さんは率いさせられてたのかよ……

:そりゃ逃げたくなるわ。アホすぎる


「アホとはなんだよ。どうせこんな階層まで来たこともないザコでしょ?」

「キャハハ。ひがみきも~い」


:はぁ?キモいのはお前らだろ!

:お前、ちょっと探索者だからって調子乗んなよ?お前らなんて琴音ちゃんと綾香ちゃんの眼中にねーんだわ


「危ない!避けて!」

「「えっ?」」


ズゴーーーーン!!!!!!!


そこに灼熱ゴーレムの火炎弾が直撃した。

ここは戦場だ。

そんな中で呑気にコメント欄に反応して敵から目を離すなんて、あり得ないくらいの失態だ。


「なっ!?琴音!?綾香!?くそっ、なにやってんだよ遥!なんでガードしないんだ!!!?」

「なっ。私はあなたを回復中ですよ?他のことができるわけがないでしょう!そもそもあの二人は何をしていたのですか???」


:いや、ないないないないない。

:なんだよ?琴音ちゃんの心配をしろよ!

:バカじゃね~の?この状況で遥ちゃんに文句とか、頭おかしいぜ葛野。

:なによ!秀明さんを貶める気?

:貶める必要なんてね~よ!現在進行形で馬鹿丸出しじゃね~か!?


「ヒール!!!」

私は火炎弾が着弾した場所に水の魔法を撃ち込み、ちゃんと原型を留めていたクソ女2人に回復魔法をかける。

なんとか間に合った。

しかし厳しい。

灼熱ゴーレムの攻撃には明らかに周期がある。火炎弾を吐かない今は横田さんが抑えてくれてるけど……。

 

:こんなのが日本一……。

:失礼。探索者の沽券にかかわるので言っておくが、"明星"が強かったのは沖田紘一がいたからだ。彼がいない"明星"はCランク程度……どう高く見積もってもBランク以下じゃないか?というか彼だけが異常だったんだ。遥ちゃんと那月さんは結構凄いけど、他の3人はザコだ。

:誰だよお前!沖田なんかただ責任放棄して逃げたやつだろ?

:俺は"明鏡止水"の三好だ。

:マジか……日本2位……。

:ってことは、本気か?なんで?沖田は逃走して……

:あんなもん、沖田さんが頭おかしい戦闘力で96層まで行って、さらに全員を無事に帰還させたのにダンジョン協会が探索失敗の責任を被せて放逐しただけだろうが!テレビのニュース見て目と耳を疑ったわ!!!

:でも中国は攻略できたのに、日本は……

:高位ダンジョンだからって難易度一緒なわけねぇんだよ!中国が自慢げに探索の様子を公開したのに、東京ダンジョンの96層の動画見て非公開に変えたのがいい証拠だろ?中国の99層より東京の80層とかの方が難易度高いし、もしかしたらこの60層の方が難易度たけえよ!?

:まじか……えっ?まずくね?沖田いなくなったんでしょ?


コメント欄のその言葉は、私の思いと全く一緒だった。



どうにかして撤退しなきゃ……。

その想いを胸に、撤退方法の検討を始めていたが……



ブォン……



なに?



シュワーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!



私たちが入ってきたのとは別の、灼熱ゴーレムの後ろにある扉から凄まじい光が差し込む。

あまりの眩しさに思わず目を閉じる。



なに?


これは攻撃?



だとしたらまずい……。


気持ちは焦るが目はまだ開けないし、回復魔法も続けられなくなった。



そんな私がようやく目を開けたとき、視線の先にいた灼熱ゴーレムの胸には巨大な穴が開いていた。

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