第3話 幼馴染との約束
「お兄ちゃん!」
俺が少ない荷物をまとめてダンジョン協会の建物から出ようとしていると、不意に後ろから声をかけられた。
耳に心地よい柔らかで少しだけハスキーな声。
遥だな。
振り返ると慌てて出てきたのか少しほつれた髪を揺らしながら遥が走ってくるのが見えた。
怪我した箇所は治療術師に治してもらったとはいえまだ痛むだろうに。
無茶はさせないように、俺は遥を待つ。
「お兄ちゃん、ダンジョン協会をやめちゃうって本当?今聞いてびっくりして」
こいつは俺のことをお兄ちゃんと呼ぶが、当然ながら実の兄ではない。
実家が隣通しで幼稚園の頃から同級生の茜と、2歳下の遥とはよく遊んでいた。その頃からの名残だ。
「あぁ。嫌になってな」
「そんな……私も……お姉ちゃんも……寂しいよ」
茜が寂しがるわけがないと思うが、真面目な表情で言い募る遥の様子からすると、何も言ってないんだろうな。
恐らく俺の脱退は"明星"に伝えられたんだと思うが、ただ聞いただけなんだろう。
「探索の失敗をお前のせいとか言われてもな……」
「え?……なんで?お兄ちゃんがいなかったら私たち全滅してたよ?どうして?」
やっぱりな。
俺が陰キャを発動させてただやめていくとかってことにしたのかな?
「会長から言われた。それでブチ切れた。そんだけだ」
「あっ!沖田さん!東都テレビです!ダンジョン探索に失敗し、その責任を取って協会をやめられたと聞きましたが、なにがあったのですか!?」
「沖田さん!テレビニッポンです。大々的に人も金も集めておいて、失敗して尻尾をまいて逃げるというのはいただけないと思います。責任を果たすべきでは?」
「沖田さん!アメーバテレビです。多くの方が犠牲になったとか。どうして守ってあげなかったんですか?あなただけが無傷で出て来たとか?あなたには説明責任があると思います!」
「メンバーはまだ探索を主張したのに強硬に帰還を主張し、無理やり抱えて帰ってきたというのは酷いんじゃないか?」
「どれだけ国民の血税を使ったと思ってんだ?」
「挙句の果てに、中国には離されるばかり。あなたは探索者という仕事を舐めてるんじゃないですか?」
「なにか言ったらどうなんだ!」
「今までちやほやされてきて天狗になってんじゃねぇか?」
「なんだよ!」
「「「「「うわぁ」」」」」
協会の中にいたので特に魔力を押さえていなかった俺が反応すると、マスコミの連中は気圧されてしまったようだ。
俺はもう求められてないな。
そう感じてそのまま去る。
遥にはあとでメッセージでもしておこう。
「見ましたか皆さん!なんという傍若無人っぷりでしょう」
:酷すぎる
:探索者なんて化けの皮が剥がれたらこんなもんよ
:なにが日本最強の探索者だよ。だっせ~
:これで中国の探索者より強いから問題ないとかほざいてたんだろ?ウケる
:サイテー。こんなのに憧れてたなんて泣ける
俺は家に帰ってネットでニュースを漁ったがすぐにやめた。
どこもかしこも俺の批判一色だった。
うん。もうここに未練はないな。
こっちから願い下げだ。
太平洋に行って来よう。
ピンポーン!
……出ちゃだめだ。きっと住所も押さえられてるからな。どうせマスコミだろ。
ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
うるせーな!
なんだよ!?
「お兄ちゃん!私!」
って、遥かよ。
ならメッセージくれれば……って、そうだった。
SNSが不快なメッセージで覆い尽くされてひたすら通知が来るのがウザくて電源切ったんだった。
「どうした?こんなとこに来たらお前も叩かれるぜ?」
「お兄ちゃん。ごめんなさい。まさかこんなことになってるなんて」
「知らなかっただろ?知らないままにしとけよ。俺は気にしない」
むしゃくしゃする気持ちを押さえられなくなってきて、遥にもつい強い口調で言ってしまった。
「ほっとけよ、お前もさ。茜も離れた。もういいよ。1人にしてくれ」
「お兄ちゃん……」
感情が抑えられない。
心配してきてくれたのはわかるけど、今はダメなんだよ。
遥が目に涙を溜めてるのがわかる。
「どういうこと?茜?お姉ちゃんがどうしたの?」
だけど抑えられねえんだよ。
「もう帰れ。あいつは葛野がいいんだとよ!俺は勝手にどっかいけばいいんだとさ」
「えっ……そんな……」
くそっ。これはただの八つ当たりだ。
最低だ……。
「わるい。言い過ぎた。お前には関係ない話だ」
「ううん。ごめん。なにも知らなかった……」
堪えることを止めた遥の頬を伝って涙が流れ落ちる。
その姿に毒気を抜かれた。
小さい頃、こいつが近所のガキにいじめられたとき、この涙を見て俺は怒ったのを思い出した。
ガキをボコボコにしたら余計泣かれて戸惑ったんだったな。
ちょっと落ち着いた。
すまん、遥。
そう思いながら彼女の頭を撫でる。
「お兄ちゃん……」
「悪い。八つ当たりした。でも、俺はここにはいれない。お前は帰れ。こんなところを見られたらまずい」
「やだ……」
俺が頭を撫でていた手を両手でつかむ遥……。
「やだよ。行っちゃヤダ」
滝のような水滴が遥に捕まれた俺の手に落ちる。
少しずつ冷静になる頭で、こいつを連れて行けないか考えたけど、やっぱりやめた方がいい。
俺が世間や協会から敵視されるのはいいけど、こいつにそんな目にあわせるのは嫌だ。
「これ、持っとけ」
「……えっ?」
しばらくして少しだけ落ち着いた遥に、俺はお守りをあげた。
「もし困ったらそれに呼びかけろ。紘一、助けてって。今はそれで我慢してくれ。ほとぼりが冷めるまでは」
「……お兄ちゃん」
遥はお守りを握りしめてまた泣きだす。
しばらく背中をさすってやって、落ち着いたから彼女を返した。
そして俺は太平洋ダンジョンに向けてしゅっぱ……あっ、まずい。
『もしもし』
『あぁ、紘一くん。大変だったな。手が出せず、申し訳ない』
『いや、俺の方こそ迷惑かけてすみません』
『迷惑なもんか。これからどうする?』
『太平洋ダンジョンに行きたくて』
『なるほど。世間を醒ますにはちょうどいいな。どうせ連中は困るだろうからな。バカなことをしたもんだ』
『困ってももう戻る気はないですが、……』
『あぁ、それでいい。一応連絡はつくだろ?』
『はい。できるようにしておきます』
『わかった。じゃあ行ってこい。またな』
『はい、また』
世話になった叔父さんには連絡しておかないとな。
よし行って来よう!
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