第13話 力は使い方次第

「サクヤ。すまないが、私はここまでだ」

「そう、だよね……」

「一緒に探せないのは心苦しいが、あとは頼んだよ」

「うん」


 ハクトの気配が消えた。少しだけ軽くなった気がする。


「……大丈夫。これで一緒に探せるから」


 僕はハクトを頭の上に乗せた。


「でも、いい別れ方じゃなくてごめん」

「なんだい、そんな辛気しんきくさい顔してさ」


 まだ触れてもないのに、漬物石がいきなりしゃべりだした。


「まだ触ってないのに、話せるの?」

「そんな設定は元々あったのかい? あたしゃ知らないね」

「どうだろ……もしかしたらオトシモノによるのかも」

「ふんっ。どうでもいいけどさぁ……もっとしゃきっとせんかい、しゃきっとさ!」

「だって……」

「もう、いったいなんだっていうんだい? ほら、話してみな! このシイノが聞いてやるよ」

「分かった……」


 ハクトにちゃんと確認をしなかったこと。カーボを入れてしまったこと。そしてその結果、カーボがどこかに消えてしまったこと。

 ここまでのことを思い出しながらシイノさんに話した。


「はんっ! そりゃあんたが悪いね」

「分かってるよ……」

「でもさ、過ぎちまったこたぁ考えてもしょうがないだろ。だからそんなに落ち込むんじゃないよ」

「でも……これからどうすればいいの? 他のが見つかってもカーボがいなかったら意味ないんだよ」

「悪いがあたしにもどうすることもできない」

「はぁ……」

「でもさ、ここで立ち止まってても何も始まらないだろ? このままじゃ時間だけが過ぎていくよ。まだ先はあるんだ。まずは動こうじゃないか」

「……そうだね。進んでいくうちに、答えが見つかるかもしれないし」


 カーボには悪いけど、今は前を向こう。


「そういや、まだあんたの名前を聞いてなかったね」

「僕は左東朔矢」

「ほう。それはどうやって書くんだい? 漢字を教えてちょうだいよ」

「えーっと、左と東で左東。逆っていう字からしんにょうをとって月と合体させたのが朔で、それに弓矢の矢を合わせて朔矢だよ」

「ほう……あんた、なかなかおもしろい名前してんだね」

「なにそれ」

「あたしゃ漢字が好きでね。ちょっとだけくわしいのさ」

「へー」


 あんまり興味ないけど、とりあえず聞いてみよう。


「ちなみに何がおもしろいの?」

「朔ってのはいくつか意味があるんだけど、そのうちのひとつに北の方角ってのがあるのさ」

「北の方角……」

「それで、矢は先がとんがってるから方向を指し示すだろ? 矢印って言ったら分かりやすいかね」

「あー、うん」

「つまり、ってのは北を見てるのさ」

「うん、それで?」

「かぁ、あんたはにぶいねぇ」

「なんでよ!」

「じゃあ、北に体が向いてたら東はどこにある?」

「えーっと……東・西・南・北だから右!」

「それで分かるだろ?」

「えっ、全然分かんない」

「っかあぁぁぁ、ここまで鈍い人なんているのかねぇ」

「うるさいなー。いいから教えてよ」

「あたしが言いたいのはさ、あんたは北を向いてるのに左に東があるってことさね」

「……くだらなっ!」

「かっかっか! それがいいんじゃないかい!」


 シイノさんがめちゃくちゃ笑ってる。

 見た目とのギャップがおもしろくて、僕もついつい笑っちゃった。


「なんだ、いい顔するじゃないか! あんたは笑ってるほうがいいよ!」

「うん、ありがとう」


 シイノさんは僕に気をつかってくれたのかも。なんだかんだ優しいんだな。

 にしても、北を向いてるのに左に東か……。


「あっ!」


 ここで僕は途中経過のときに魔王様が言った力のことを思い出した。


『散らばったオトシモノを集めること』


 これはゲームバランスの問題で、できるけどできないって魔王様が言ったことだ。

 そりゃあできたら一瞬でゲームクリアだから分かる。思い浮かばなかったけど。でも、そのならできるかも……。


「なんだい急に」

「もしかしたらカーボを見つけられるかもしれない」

「ほう。どうすんだい?」

「魔王様の力を使うんだよ」


 シイノさんは少しだけ笑った。でも、バカにはしなかった。もしかしたらこのことに気づいてて言わなかったのかも。自分で気づけるように。


 僕は大きく息を吸った。


「魔王様!」

「呼んだ?」


 出てくるのがめちゃくちゃ早かった。たぶん、かなり暇なんだと思う。


「力を貸してください!」

「ふんっ、わしの力が借りたいと。いいだろう。では、サクヤよ。貴様は何が望みだ? ひとつ叶えてやろう」


 ちょっとくらいは言い方を変えたほうがいいじゃないかと思ったけど、ここでツッコミを入れたら長くなりそうだからやめた。


「僕たちをカーボがいる場所まで飛ばしてください!」

「えっ、それはちょっと……」

「できないんですか?」

「いや、できるよ? 余裕だよ? なに言っちゃってんの?」

「じゃあお願いします!」

「でもさ、それだとゲームバランスがさ……」

「魔王様が言ったのは、散らばったオトシモノを集めること、ですよね?」

「あ、ああ」

「僕が言ったのはその逆です。だから、できても三個までしか集められないと思います。これだったらゲームバランスの問題はないですよね?」

「……うむ。たしかにそうだな」

「じゃあ!」

「よし、分かった。では貴様らをカーボがいるところまで飛ばせばよいのだな?」

「はい! でも、安全に頼みますよ? 風で飛ばすとかやめてくださいね?」

「注文が多い! だが安心せい。飛ばすといってもワープだからな」

「ワープ!? すっげー! めっちゃゲームっぽい!」

「ゲームだよ」


 そのあと、魔王様はしばらく力を溜めると言った。

 前と同じように両手をパントマイムみたいにぐるぐる回している。ただ、前よりは激しくて長い気がした。それだけワープに使う力が多いのかもしれない。


 一分くらい経って、魔王様の動きが止まった。


「よし、準備はよいか?」

「きた……大丈夫です!」

「では、飛べぇぇぇいっ!」


 大きなかけ声のあと、目の前が真っ白になった。

 想像してたのとは違ったけど、これがワープなんだと感動した。気づいたら周りの風景が変わっていたから。


「あれ、ここって……」


 見覚えのあるこの場所は、東松山駅だった。僕たちは一気に最初の地点に戻ったのだ。


 ——ころころころ。


 足に何かが当たった。下を見てみると……。


「カーボだ!」

「かっかっか、よかったじゃないか」

「うん……うん! ほんとによかったぁぁぁ!」


 僕は泣きそうになった。でも、シイラさんに弱虫って言われそうだったから涙をこらえた。


「おっ、なんだねこれは」

「……どうしたの?」

「なんだか急に、何かを押しつぶしたい気持ちになってきたよ」

「こわっ! なんなのそれ」

「あたしにもさっぱりだよ。でも、そういう気持ちが強くなってるんだ。どこかに押しつぶせそうなものはないかねぇ」

「そんなこと急に言われても……あっ」


 近くをぐるっと見てみたら、たまたま変なボタンみたいなものを発見した。


「あんなの前はなかったよな……」

「もうなんでもいいよ! なんでもいいからあたしに押しつぶさせてくれ!」

「分かったからちょっと待って!」


 僕はあわててシイラさんをそのボタンみたいなものの上に置いてみた。


 ——ピンポーン!


 せ、正解?


「ふぅ……こりゃあ最高だねぇ」

「そ、そうなんだ」


 シイラさんが落ち着いたようでひと安心した。


 とその時。


 上からひらひらと何かが落ちてきた——紙飛行機だ。


「これってもしかして、魔王様のオトシモノ?!」

「どうやらそうみたいだね。あたしの力がどんどん抜けていくよ」


 そうだ。シイラさんとはここでお別れなんだ。次のオトシモノを見つけたから。


「シイラさん!」

「なんだい?」

「僕が立ち止まったとき、背中を押してくれてありがとう!」

「あたしゃなんもしてないよ! 最後に決めたのはあんただからね!」

「でもシイラさんがいなきゃ僕はダメだったと思う」

「そうかい? あんたなら、あたしがいなくても大丈夫だったと思うよ」

「なんでそう思うの?」

「さぁね……」


 ここですっと何かが消えた気がした。シイラさんの声はもう聞こえない。つまりはそういうことだ。


 一緒にいた時間はいちばん短かったかもしれない。けど、過ぎた時間はみんなと同じくらいに感じた。


 ハクトの力がどういうものか、僕には分からない。でも、ハクトのおかげでワープも体験できたし、次のオトシモノまで見つけることができた。

 やっぱりハクトは本物のマジシャンだった!


 もちろん、自分のミスは絶対に忘れない。これから先もずっとね。

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