第6話 絶景かな絶景かな

「感動的なシーンで悪いのですが、早く次へ進みましょう」

「……びっくりしたぁ」

「何をそんなに驚くことがあるのです? ひとつ前にも同じことがあったでしょう」

「いやまぁそうだけど、いきなりだとやっぱり驚くよ」

「そういうものですか。大変ですね、人間って」

「は、はぁ」


 今度はどういうキャラなんだ? 声は女っぽいけど……いや、物に男も女もないか。


「失礼。自己紹介がまだでしたね。わたくしはサオリと申します。以後お見知りおきを」

「あっ、はい。僕は左東朔矢です。お願いします」


 なんかよく分からないけど、サオリさんは敬語で話したくなる感じがする。


「おサトウさんですね。分かりました」

「いや、サトウです。はいらないです」

「いえいえ、これは敬意を込めてのものですからおサトウさんでよいのです」

「そ、そうですか」


 なんか違う気がするんだよなぁ。それにおサトウさんって、砂糖にしか聞こえないんだけど。

 とりあえずサオリさんもちょっと変わってるんだろうな。


「では時間ももったいないので、先に進みましょう」

「はい。サオリさんは次のオトシモノがどこにあるか分かるんですか?」

「ええ。わたくしの骨という骨に魔王様のヒントが流れ込んできましたので」

「な、なるほど。それで、次はどこにあるんですか?」

熱海あたみにある親水しんすい公園です」

「あ、熱海? それはその……静岡にある、あの?」

「はい」

「いやいやいや、さすがに遠すぎますって〜」

「心配せずとも大丈夫ですよ。そのためにわたくしがいるのですから」

「どういうことですか?」

「わたくしを広げてください」

「……分かりました」


 傘を差すようにサオリさんを広げてみると——傘だった。当たり前か。


「広げましたけど、これで何ができるんですか?」

「絶対に手を離さないでくださいね」

「え?」

「では参ります。熱海、親水公園へ」


 サオリさんが行き先を言った瞬間、僕たちの下からぶわっと強い風が吹いた。それもただ強いなんてものじゃない。体が飛んでいきそうなほどの強い風だ。


 僕は怖くて思わず目を閉じてしまった。ただ、傘の持ち手はしっかりと握っている。サオリさんが絶対に離すなって言ったから。


 ——ビューン。


 ん? 気のせいかな。なんか浮いてる気がしたんだけど……。

 目を開けてみると、


「どぅっわぁぁぁ!」


 僕たちは——空にいた。


「な、な、何がどうなってるんですか?!」

「見れば分かるでしょう。空を飛んでいるのですよ」

「いやいやいやそうじゃなくてぇぇぇ! いやまぁそうなんですけどぉぉぉ!」

「少し落ち着いてくださいな。何を言っているのか分かりませんよ」

「これが落ち着いていられるかぁぁぁ!!」

「でしたら、気絶でもされますか? そうすれば落ち着きますよ。もちろん落下はしますし、そのまま地面に着地ということになりますけどね。あっ、これがほんとのというわけですか」

「ダメに決まってるでしょ! そんなことしたら死んじゃいますよ! なに変なこと言ってるんですか!」

「お黙り!」

「ふぇっ?」

「わたくしを信じて、肩の力を抜いてください」

「で、でも……」

「いいからやる!」

「はい!」


 サオリさんの雰囲気がいきなり変わった。なんだかおばあちゃんのような、そんな感じがした。怖いけどあったかい、そんな感じが。


 僕はサオリさんを信じてゆっくりと肩の力を抜いてみた。


「う、浮いてる……」

「はい。上昇気流に乗ってますから」

「上昇気流……それで空なんて飛べるんですか? こ、こんな傘で」

「こんな傘とは聞き捨てならないですね」

「す、すみません」

「もちろんおサトウさんの世界では不可能ですよ。ですが、ここはゲームの世界です。そして、わたくしに与えられた力は空を飛ぶというもの。ということで今、わたくしたちは空を飛んでいるのです」

「ということでって……まぁでも、たしかにそうですね」

「空は気持ちがいいですね。おサトウさんも今を楽しみましょう。絶景ですよ」

「はい」


 サオリさんに言われたとおり、今を楽しむことにした。だってここは、ゲームの世界だから。

 そう思うようにしたら、とんでもない絶景が目に入ってきた。


 空ってこんなに綺麗きれいだったんだ……。


 そのまま空の景色を楽しんでいると、時間は風のように過ぎていった。

 そして、気づけば親水公園の上空にいた。


「ここですね。これから下降します」

「お願いします」

「では最後のお楽しみといきましょう!」

「へっ?」


 サオリさんがいきなりバサっと閉じた。


「ちょっ、うぇぇぇあああ!!」

「落ちてます落ちてます!」

「そんなの分かってますよぉぉぉ! なにしてるんですかぁぁぁ!」

「スカイダイビングというやつですよ」

「もう嫌だぁぁぁ!!」


 僕たちはありえない速度で落ちていった。

 自分が鳥になったような気がするかと思ったけど、そんなのはまったくなかった。ただただ怖かった。



 ——気づいたらコンクリの上に立っていた。


 もしかしたら気絶したのかもしれない。だとしたら、あのあと僕はどうやって着地したんだろう。考えるのはやめよう。怖すぎる。


「おサトウさん。あちらに魔王様のオトシモノがありますよ」

「あっ、そうでした」


 あちらと言われても……あ、あれか。


 近づいて確認してみると——サッカーボールだった。


「魔王様の足ってどうなってるんだろ……」

「では、わたくしはここまでとなります」

「あっ、そうだった」

「短い間でしたが、とても楽しかったです。ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 サオリさんが勝手に折りたたまれて勝手に袋の中に入った。これでサオリさんともお別れだ。

 かなりやばかったけど、めっちゃ楽しかったからまぁいっか。


 気持ちのいい潮風しおかぜが吹いてきた。

 ギンゴとサオリさんが背中を押してくれたような、そんな気がした。

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