第3話 最初のオトシモノ

 十分ちょっとで駅に着いた。

 ここまでもそうだったけど、駅にも誰もいない。改札は開きっぱなしだ。

 罪悪感ざいあくかんがすごいけど、そのまま通り抜けてホームまで行った。

 ホームにはガラガラの電車が停車している。


「ははっ」


 なんか貸し切ったみたいで、ちょっとおもろいかも。いつもはできないことも今ならできるし。

 かわにぶら下がってもいいし、ど真ん中で寝っ転がってもいい。走り回っても大丈夫。誰もいないから怒られることもないし、迷惑になることもない。

 どうせ着くまで長いんだし、いろいろ楽しもう!


「おい、小僧」

「なんですか?」

「目的を忘れてはいないだろうな?」

「東京タワーの近くに行って最初のオトシモノを見つければいいんですよね? それくらい覚えてますよ」

「うむ。それならよい」


 急に出てきてそれだけかい。


 ちょっと落ち着いたこともあってか、ふとあることに気づいた。


「ちょっと待って。これって誰が運転してんの?」

「誰もいないぞ」

「いやいやいや、やばいでしょ! 一回も止まらないからおかしいと思ったけど、なんで言ってくれなかったんだよ!」

「なんでって、最初に言うたやろ。ここには誰もおらへんって」


 だからなんで関西弁……。それより、早くどうにかしなきゃ。


 僕はなんも考えずに先頭車両まで走った。



「……うわっ、ほんとに誰もいないじゃん。これどうすんの? どうやって止めればいいの?」


 無人運転のモノレールがあることは知ってたけど、普通の電車でこんなのがあるわけがない。あったら大問題だ。


 どうしよう……どうすれば……。


「なにをそんなにあせっておる」

「見れば分かるでしょ! 運転手がいないのに走ってんの! このままだと止まらずにどっかにぶつかるじゃん!」

「やはり記憶が消えているようだな」

「はっ?」

「人がいないと動かないものは自動で動くようになっていると、昨日言っただろ」

「……あれ、そうだっけ?」

「ああ」

「なんだよ、焦ったぁ。ははっ、今まででいちばん焦ったわ」

「かなり焦っておったな」

「てか、もっと早く言えばよかったじゃん。走る前には分かってたでしょ」

「いや、うん。なんか、寸劇すんげきでも始まったのかなって思っちゃって」

「なにそれ」


 魔王様が言ってることはよく分からなかったけど、とりあえず問題なかったから安心した。


 そういえば、さっきのは今まででいちばん早く走れた自信がある。体力測定の日だったら神だったのに。


 疲れたからイスに座ってゆっくりすることにした。

 ん? 疲れた? あれ?


「魔王様」

「なんだ」

「僕なんで疲れてるんですか? お腹も減らないし喉も渇かないのに、なんでですか?」

「あっ、ああそれね。ううん。それも昨日言ったが、まぁいいだろう。貴様が感じておるのは疲労で間違いない。まったく疲れないのはさすがにつまらんだろ。だから疲労感は残しておいたのだ」

「めんどいことしてくれましたね」

「なんか言ったか?」

「いや、なんでもないです」


 もっと体力増やしておくんだったなぁ……。

 今の言い方だと、自分がゲームのキャラみたいだ。

 それより、絶対言い忘れてただろ。さっきの反応は怪しすぎ。魔王様も抜けてるところがあるのかもな。


 そのまま電車は止まらずに進み、乗り換えが必要になったから電車を降りた。

 僕が降りるときに止まったから、この世界は意外と親切なのかもしれない。


 次は東京メトロ日比谷ひびや線だ。ここら辺は全然知らないからちょっと怖いけど、とりあえず神谷町かみやちょうで降りて、そこから歩いて十五分くらいで着くはず。



「……よし、思ったとおりに来れた」


 外はまったく見てなかったから気づかなかったけど、東京タワーがすぐ近くに見える。こうして見るのは初めてだったから、なんか分からないけどいい気分だ。


「わしのオトシモノは近いぞ。早く探したまえ」

「どこら辺ですか?」

「そうだなぁ……あの自動販売機とかが怪しいぞ」

「えっ、教えてくれるんですか?」

「ここまでひとりで来れたのだ。特別対応ということにしておく」

「ありがとうございます」


 魔王様が言った自動販売機の近くまで来た。周りには特に何も落ちてない。

 まさかうそだったとか?


 魔王様を見ると、首をぶんぶん横に振っている。

 嘘ではなさそうだ。


 そういえば、昔はよく小銭こぜにが下に落ちてたって先生が言ってたな。今はキャッシュレス化が進んでるからそういうのも少なくなったらしいけど。


 両手を地面につけて下を見る。すると、キラッと光るものがあった。

 手を伸ばすと、ギリギリで届いた。


「うわっ、銀色の五百円玉だ!」

「お見事。まずはひとつ見つけられたな」

「こんなの見たことないですよ」

「そうか。昭和の後期から平成の中期くらいまでは製造されていたらしいが、貴様は小学生だったな。見てなくてもおかしくはないか」

「でもこれでやっとひとつかぁ。先は長いなぁ……」

「では次だ」

「え〜、もうですか〜」

「別に急がなくともよいが、貴様の時間だけは進んでいることを忘れるな」

「あっ、そうだった。なら早くしないと」

「うむ」

「あの……」

「なんだね?」


 僕は今まで引っかかってたことを言うことにした。


「そろそろ貴様って呼ぶのやめてくれませんか」

「なんだ、気に入ってると思ってたんだが」

「全然。僕にはちゃんと左東さとう朔矢さくやっていう名前があるんですよ」

「そうか」

「友達はサクって呼んだりそのままサクヤって呼んだりするけど、まぁなんでもいいですよ」

「ほう。では少し変えて、小僧といこう」

「なんでだよ!」

「冗談だ。ではサクヤ。貴様に話しておくことがある」


 結局どっちも言ってるし……。でも、話ってなんだろ。

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