第2話 ルール説明

 なんだろ、あの物体。キモいなぁ……。


「どうした? かもめが飛んでおるぞ」

「かもめ? どこに?」

貴様きさまひたいにだよ」

「……あっ、おでこか」

「そう、おでこだ。貴様のおでこのシワがそう見えたんだ」

「は、はぁ」


 こいつはいったいなんなんだ。

 どうやって空を飛んでるのかも気になるけど、それより見た目が気になってしょうがない。


「はっはっは、すまんすまん。わしがなんなのか気になるんだな」

「あっ、はい」

「そうだなぁ……まぁ、魔王とでも呼んでくれ」

「魔王……」


 見た目はまったく魔王っぽくないけど。


「とりあえず、貴様はこの世界にやってきた。だからまずはルールを説明する」

「ルール?」

「そうだ。この世界はいわば、ゲームみたいなものだ。ゲームにはルールが付き物だろ?」

「まぁ、そうですね」

「んじゃあ説明するから、黙って聞いておくように」


 なんかしゃべり方が気になるなぁ。ちょっとうざいっていうかなんていうか……。


 僕がモヤモヤしててもどうでもいいのか、魔王は気にせず話し始めた。


「まずはこの世界についてだ。貴様も気づいているとは思うが、この世界は現実とほぼ同じだ。違うのは、人がまったくいないところだ。貴様の友達も家族も、赤の他人すらもいない」

「じゃあ魔王は人ではないんですね」

「うん、様は付けようか」

「え?」

「仮にも魔の王様だからさ、王様。だから、魔王様って呼んでくれる?」

「……分かりました」


 いきなり雰囲気が変わった。

 これがいわゆる二重人格ってやつか……。いや、二重か。


 ——魔王様の咳払せきばらいが聞こえた。


「貴様の質問だが、答えはイエスだ。わしは人ではない。魔の王だからな」

「さっき聞きましたよ」

「うっさいわボケェ! 黙って聞け言うたやろ」

「す、すみません」


 なんで関西弁なんだ……。


「まぁよい。話を進めるぞ」

「……」

「……」

「……」

「うん、返事くらいはしようか」

「え?」

「返事がないとこっちが一方的になっちゃうだろ? それだと、わしが話す意味がない。ひとりで話すのはロボットでもできることだからな」

「でも、黙って聞けって」

臨機りんき応変おうへんって分かるか? 頼むよ、まったくもう……」

「なんか、すみません」

「よい。では気を取り直して、話を進めるぞ」

「はい」


 魔王様はなんとなく満足した顔をしている。

 そんなに返事がうれしかったのかな。


「この世界は現実と違って、腹が減ったりのどかわいたりすることはない。ついでに言うと、小便や大便をしたい気持ちにもならないぞ」

「めっちゃいいじゃないですか!」

「そうか? 食事も生理現象も、なきゃないでストレスになると思うが……まぁいいか」


 なんかぶつぶつ言ってたけど聞こえなかったな。


「心配してるかもしれんから先に言っておくが、貴様がこのゲームをクリアするまでは、現実の時間は一秒たりとも動かない」

「そうなんですか!?」

「ああ。だから好きなだけここにいるといい」

「すっげー!」

「ただ忠告ちゅうこくはしておくが、この世界の時間は現実と同じように進む。つまり、長くいればいるほど貴様だけが大人になっていき、戻ったときには周りとの差が生まれる」

「えっ……」


 なんだよそれ。めっちゃかっこいいじゃん!


勘違かんちがいするでないぞ? この世界に勉強なんてものはないから、あくまで体だけ大人になって戻ることになるのだ」

「それがなんか問題あるんですか?」

「見た目は大人でも、中身は子どもだぞ? よく考えれば分かることだろう」


 うーん……たしかによく考えれば嫌だな。これは早くクリアしないと。


「魔王様。どうすればこのゲームをクリアできるんですか?」

「よくぞ聞いてくれた。それがいちばん大切なルールだからな。聞かれるまで答えるつもりはなかったというのは、心の中にしまっておくとよい」

「は、はぁ」


 今かなりやばいこと言ったよね? いちばん大切なルールを聞かれなかったら答えなかったって……。この人ほんとに魔王だわ。あっ、人じゃないか。


「このゲームのクリア条件は、わしが落とした物を十個集めることだ」

「は?」


 ——ボヨン!


 変な音が鳴ったと思ったら、魔王様の下側に文字が出ていた。


『落とした物はオトシモノと呼ぶ』


「なんですかその字幕みたいのは」

「この世界では、わしが落とした物はと呼ぶのだ」

「なんでカタカナ? 呼ぶだけならどんな文字でも一緒じゃないですか」

「ゲームだからだ」

「あぁ……」


 聞いた僕がバカだった。


「ちなみに、そのオトシモノってどこにあるんですか?」

「この世界のどこかだ」

「いや、どんだけ広いと思ってるんですか! 一生使っても無理ですよ!」

「まあまあ、落ち着きたまえ。それなりの助けはある」

「助け?」

「さすがになんのヒントもなしに見つけるのは不可能だ。それはわしも分かっておる。だから、どうしても助けが必要なときは大きな声でわしを呼べ。そのときは力になろう」

「なんだ、それならなんとかなりそうですね」

「ただし、わしの力を使えるのは三回までだ。三回使ったら、わしは見ているだけになる」

「三回!? 少なっ! たった三回でどうすればいいんですか!」

「それは貴様のちっぽけな脳みそで考えたまえ。なんでもかんでも人の力を借りられると思ったら大間違いだぞ」

「うぐっ……」


 なんだよ、人じゃないくせに。


「ただそうだな。貴様がどうしてもと言うなら、もうひとつヒントを与えてやらんこともない」

「お願いします!」

「……いいだろう。最初のオトシモノがどの近くにあるかは教えよう。あとは自分でなんとかするんだぞ?」

「分かってます!」

「うむ。では一度しか言わないからよく聞いておけ」

「はい」

「最初のオトシモノは、東京タワーの近くだ」

「東京タワーか……って、めっちゃ離れてるじゃないですか!」

「そうか?」

「僕が住んでるの、東松山ですよ?」

「まぁ行けるだろ」

「僕、小学生ですよ?」

「そうだな」

「頭おかしいんですか?」

「おい小僧、あまり調子に乗るでないぞ」

「でも!」

「まぁよいではないか。ここなら無料で行けるし、それに……」

「それに?」

「わしも最初のオトシモノが見つかるまでは、話し相手くらいにはなってやるさ」

「それいる?」

「小僧」

「冗談ですよ」

「ふんっ、もういいだろう。さぁ、さっさとゲームを始めようか」

「……はい」


 はぁ、僕がやりたいのはこんなゲームじゃないんだよなぁ……。


 ***


 やっぱりおかしい。昨日のことのはずなのに、なんか記憶が欠けてる気がする。もう少しヒントをもらった気がするのに……。


「おい貴様、何をしておる。さっきからぼうっとしておるぞ」

「あぁ、すみません。ちょっと昨日のことを思い出してました」

「ほう、まだ思い出せるか。貴様はなかなか見どころがあるかもしれん」

「それ、どういうことですか?」

「気にするな。さぁ、さっさと動け」

「はいはい、分かりましたよ」

は一回と先生に教わらなかったか?」

「もう、うるさいなー」


 僕は両耳に人差し指を突っ込みながら東松山駅に向かった。

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