ふたりの孤独
@shiho8787
第1話
あそこに小さくニンゲンの影が見える。ニンゲンはたまに俺のすむ雪山の奥にやってくる。彼らは俺を見つけ、目が合うと目を見開き驚いたような顔をする。そして一目散に逃げる。わざわざこんな雪山の奥まで何をしにきてるのか。ニンゲンの目的は俺なのか。俺の風貌はニンゲンと似ているようで似ていない。まず大きさが全く違う。ニンゲンよりもはるかに俺たちの体は大きい。そして全身は白い毛で覆われている。唯一の共通点といえば2本の足で歩くことくらいだろうか。俺にとってはニンゲンの方がおかしなやつだが、きっとニンゲンにとっては俺が奇妙な存在なのだろうと解釈している。だからきっとニンゲンは俺を見にに来る。だがその大きさに尻込みし、結局逃げる。これがお決まりのパターンである。何も危害を加えられることはないからこちらから襲うこともない。だがニンゲンが逃げていくのは、俺の見た目ゆえなのだろう。
今日も同じパターンだろうと思っていた。きっと俺の姿をみてすぐにびっくりして逃げるだろう。だが今日はなんだか様子が違う。ニンゲンはなにやら黒っぽくて先端が細長い物体を持ってる。あんなのを持ったニンゲンには出会ったことがない。そしてそいつと目が合う。いつものように逃げるかと思ったがそうではない。見つけた、というような顔に見えた。するとその手に持っている黒い物体の先端をこちらに向ける。すると次の瞬間、今までに感じたことのない痛みを脇腹に感じた。その先端から何かが飛び出てきたように見えたが一瞬の出来事であった。
あまりの痛みに俺は地面に倒れ込んでしまう。ただひたすらに痛い。痛みは引くことはなさそうだ。俺の命はここで終わるのか、ニンゲンに殺されて。どうしてこうなってしまったのだろう。ただ見た目が違うだけだ。俺は何もしていないのだ。俺は群れで行動せず1人で暮らしていた。今になってその寂しさが込み上げてくる。ニンゲンに生まれていればこうはならなかったのだろうか。誰かと一緒に暮らしたかったと思ってしまう。今更考えても仕方のないことだが。雪が真っ赤に染まっていくのを見た。そこからの記憶はない。
俺が倒れてからどれくらいの時間が経ったのだろう。死んだと思ったが再び思考ができるようになっている。目を覚ます。先ほどまで見ていた白っぽい空ではない。見たことのない光る丸いものが吊り下がっている。どこかに寝そべっているようだが知らない場所である。体を起こすと痛みがあった脇腹がずきりと痛む。生き延びたのか?しかしその時ある異変に気がつく。さっきまであった全身の毛がない。まるでニンゲンのように。しかも体が軽い。どう考えてもさっきまで生きていた自分ではない。もしかして、自分は生き延びたのではなくニンゲンとして生まれ変わったのではないか?そういえばここはどこなんだ?周りを見渡してみると、ニンゲンがいる。見たことはないと思う。少し怖く思いしばらく眺めているとそのニンゲンがこちらを向き口を開く。
「目を覚ましたかい」
「……」
何か言おうと思ったがなんといえば良いかわからない。
「目を覚ましてくれてよかったよ。雪山で1人で倒れていたから僕の家に連れてきたんだ」
とそのニンゲンはいう。髪は短く金色である。目尻には皺があり、若いわけではなさそうだ。
「俺、死ななかったのか…」
心の中で言ったつもりだったが、小さな声で呟いていた。そして同時に驚いた。前の俺はニンゲンの言葉を話すことはできなかった。が、今、自然に人間の言葉を話した。まるで本当にニンゲンになったみたいだ。
「ありがとうございます、助けてくれて」
「いいんだ、1人での暮らしは寂しいから家に人がいるのは嬉しいよ。君、名前は?」
「名前…」
そこで自分には名前がないことに気づいた。
「名前はないのかい、まあいい。僕はエレン。この雪山で1人で暮らしているんだ。君は雪山で何をしていたんだい?1人のようだったけど」
「...よく覚えていません」
なぜ俺はニンゲンになって今ここにいるのだろう。全く不思議なことである。ふと頭をよぎったのは意識を失う直前に、自分もニンゲンだったら、と考えたことである。その想いが俺を生かしてくれたのか。理由はなんだっていいが素直にまだ生きられているのは嬉しい。
少し考えたが彼には自分が元々ニンゲンではない生き物であったことは隠そうと思った。混乱を生むだけである。
俺はこれからどうしようか、と考える。
ここを出ても俺には帰る場所がない。前の俺は適当に林の中とかで寝ていたが、ニンゲンとなった今、それもできない。
なんてことを考えていると、
「もしよかったら僕とここで一緒に住まないか?1人は少し寂しいんだ」
「いいんですか...?」
「もちろん」と笑う。
こうしてエレンとの2人の生活が始まった。
俺はニンゲンの暮らしをしたことがないから家の中には知らないものだらけだった。だがエレンは俺がわからないと言うと色んなことを丁寧に教えてくれる。ニンゲンの使うものは仕組みが俺には難しくうまく使えないこともあった。特にご飯はずっと道具を使わずに手で食べていたから慣れるまで苦労した。エレンのおかげで次第にたくさんのニンゲンの言葉を覚え、またニンゲンの世界を少し理解することができたり
色々やってもらうだけでは申し訳ないので、俺も家の仕事を手伝うことにした。洗濯など簡単なことばかりだが、それでもエレンは感謝してくれた。
またエレンはご飯を作るのが上手だった。俺はエレンの作るシチューが好きだ。初めて食べた時には食べ過ぎてエレンにびっくりされたくらいだ。
いつか一人で暮らせるようにと作り方を教えてもらった。
エレンはしょっちゅう机で何か勉強しているようだった。少し見たことがあるが俺には難しそうで詳しくは見たことがない。なぜか言葉は話せるが文字の読み書きはできない。なのでたまにエレンに教えてもらっていた。結構面白くて好きだった。
ずっと1人で暮らしていた俺にとって、誰かと暮らすというのは初めての経験だった。人は暖かく、一緒にいるのは心地いいことだった。一緒に暮らしてたくさんのことを学んだ。
ある日、エレンが俺にいう。
「僕、夢があるんだ。地球外生命体を探し出してその研究をする。僕は絶対いると思う、こんなに広い宇宙でいない方がおかしいだろう?」
エレンがよく勉強しているのはそれに関することだったのか。そして彼の持っている本を見せてもらった。そこで俺はあることを知ることになる。本にはまだ未確認の、存在するかわからない生き物が載っている(とエレンが言っていた)。そこで俺や俺の仲間の姿を見つけた。目を疑ったが確実に同じである。
「エレン、これは...」
「あぁ、これはイエティというんだ。この雪山にもいるって噂だよ。僕は見たことないけどね。いつか見てみたいなあ」という。
俺はイエティだったのか?そして1人で納得した。もし俺がイエティで未確認で存在するかわからない生き物ならニンゲンもこぞって俺たちを見にくるだろう。
次に思ったのはなぜ俺はニンゲンに殺されたのかだ。別に何も危害は加えていない。ただ本に載った自分の姿を見て思ったが、きっとこれは他の生き物から見たら怖いだろう。体も大きいし目つきも怖い。だからきっと俺の周りには他の生き物がいなかったのだろう。ニンゲンはもちろんだが、他の動物すら会ったことがない。だから俺は生涯孤独だったのか。俺だってこの見た目に生まれたかったわけではない。だが、きっと怖がられているのは事実だ。今はイエティの姿ではないが、当時の記憶が思い出され悲しくなる。
「もしかして見たことあるのかい?」
とエレンがいう。
「遠くからだけど。でもすごい怖かったよ」
「怖いのかな。僕はきっと優しい心を持っていると思うよ、勝手に思ってるだけだけどね」
すごくびっくりした。きっと俺の見た目は誰が見ても怖い。でもその見た目にとらわれず内面を見ようとしてくれる彼がすごく眩しく見えた。
その夜、俺はこれからどうするかを考えた。夢を持つ彼にずっとここでお世話になるわけにはいかない。本人はここにいていいというかもしれないが、正直大変だろう。元の姿に戻らないという保証もない。もしかしたら明日にでも元の姿になってしまうかもしれない。
俺は近いうちにこの家を出ることに決めた。
目覚まし時計が鳴る。今日も1日が始まる。体を起こしてあたりを見渡すが彼がいないことに気がつく。違う部屋にいるとかと思ったが家中どこにもいない。そしてテーブルに何かが置いてあることに気がついた。
テーブルにはおそらく彼が作ったであろうシチューと拙い字で書かれた手紙が置いてあった。
「いっしょにくらしてくれてありがとう」
シチューは少し水っぽかったし、字もギリギリ読める程度だった。だが不思議と涙がこぼれそうになる。なぜ字の読み書きができず、知らないことだらけだったのかは知らないが、それでも僕が教えたことをここまで吸収して覚えてくれたとは。
ずっと一人だった僕と一緒に暮らしてくれて、救われたのは僕の方だ。
一人になった部屋で僕ができるのはまた研究くらいだ。きっと彼も応援してくれるだろう。
ふたりの孤独 @shiho8787
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