第3話オジサンの癖2
トイレで飯田係長と一緒になった。
トイレに立つと隣りに係長は立った。
「高宮君、すんごいね」
と、言ってきた。意味が分からなかったが、目線はオレの下半身を見ていた。最悪。
「高宮君、君は余り喋らないね。ここで、熱く山口専務に語ると良い。僕は、まだ、すったの頃、山口専務は課長でね。酒を飲ませてもらって、色んな意見を言ったよ。次の人事異動では、僕は課長になる。君は、オジサンの行動が嫌になるだろうが、初めは僕もそうだった。高宮君らしい、個性を活かしなさい。これで、次の係長のポストが空いたから、君も頑張れば、係長も夢ではないよ!
ま、この飲み会を楽しんで!」
「はいっ、分かりました。ありがとうございます」
そう言うと、飯田係長は手を洗う前の手のひらで、オレの肩を叩いた。
トイレから戻ると、三村と総務課の女の子は楽しそうに話していた。
山口専務は、2人の女子と熱くラーメンの話しをしていた。
飯田係長は、黙々と芋焼酎のお湯割りを飲んでいた。
くせぇ〜んだよ!
オレは決めた!今夜の飲み会で係長の座を手に入れる事を。
山口専務も無礼講と言っていた。
多少の無礼は許されるだろう。
「や、山口専務。お話しが……」
「ん?君は高宮君だったね?何だね?」
「わ、私は日々、ルート営業の仕事をしています。それで、営業方針の新しい提案をお話ししたくて」
総務課の女子はラーメンの話しを辞めた。
「君は一体、どんな方針を目指しているのか是非聴きたい」
高宮はもらった!と思った。
「マーティングをする際、新しい顧客を開拓するには……」
「分かった。君の意見は正しい。だがね、その程度の話しは私は何百回もしているんだ。君は営業3年目だね?」
「は、はい」
「飯田君を見習いなさい。彼は優秀だよ!実は彼は〇〇物産の専務とも仲が良くてね。売上があがったんだ。君みたいな若い連中は、オジサンを批判するが、オジサンはオジサンなりの経歴があるんだ。君はどこの大学だい?」
オレは有名私立大学の名前を言った。
「W大学かぁ〜、まぁまぁだね。飯田君はK大学だよ!」
ま、まさか、係長がK大学出身とは。
「君は、頭は優秀だ。だが、会社は頭だけでは居残れない。君が転職するのは自由だ。しかし、私の会社では頭だけでは通用しない。君は無礼講だから発言したかも知れないが、会社の人間に無礼講は通用しないんだ」
オレは敗北を悟った。
「君、高宮君?。この後、2人で話さないか?」
「え?……良いんですか?」
「もちろん」
そこで、山口専務とオレはバーに向った。
残りの5人は、別の居酒屋に向っていた。
その店は、オールドクロックと言うダサい名のバーだった。
山口専務とオレはカウンターに座り、専務はバーボンを2つ注文した。
ツマミは生チョコレートだった。
オレはオジサンを舐めていた事をつくづく感じていた時だった。
「君は、女体の神秘を知っているね?」
な、何だ、この発言は?どう、返せば良いのか?半年前までは、彼女がいた。
「はい」
「そうか。当たり前だよな。だが、25歳でも女体の神秘に触れない者も多いと聴く。じゃあ、なんだい。君は、男性の神秘を知っているかい?」
な、何だこの質問は。
どう返せば良いのだ?ま、まさか、山口専務はゲイなのか?
オレは違う!
オレは言葉にする事が出来なかった。
生チョコレートがほろ苦く感じる22時半だった。
「君は、ジェンダーレスに付いて、どう思うかい?」
オレは、噂ではジェンダーレスの話しを聴いた事があるが、真剣に話した事はない。
もう、自分をさらけ出す事にした。
「山口専務、ジェンダーレスの話しは聴いた事はありますが、イマイチ分からなくて」
「そうか、そうか。ジェンダーレスの言葉は知っているようだね。来月、君の営業課に1人の人間が入ってくる。彼女は、10年間倉庫整理していたが、そこの営業所の担当は私か僻地に飛ばしたんだが、彼女を酷い扱いしていてね。その彼女の担当を探していたんだ。三村君だっけ?あの子はちょっと物足りないな。君に彼女の担当をしてもらいたい。担当と言っても君より勤務歴は長いし、仕事も理解している。君は、彼女の走るルート先だけ教えれば良い。どうだい?」
山口専務はバーボンをゆっくり飲んだ。それが、様になっていた。
「山口専務、でも、彼女って女性ですか?」
「いいや、МtFの女性だ。男性で生まれ女性の心を持つ人間だ。出来るか?」
「……わ、私に何が出来るか分かりませんが、一生懸命頑張ります」
山口専務はニヤリとして、バーボンを飲みながら生チョコレートを口に運んだ。
時計を見ると、23時。山口専務はオレにタクシー代と言って一万円札を渡した。
たった、5時間前まではオジサンを見下していたが、こんなカッコいいオジサンになりたいと思うもう一人のオレがいた。
帰宅すると、МtFの勉強をした。
それにしても、まさか飯田係長がK大学出身とは。
今までの自分を恥じた。そして、上司の言う無礼講は無礼講では無い意味も。
シャワーを浴びて寝たのは、1時半だった。
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