言葉にできない

「卒業式、行けるかな」


 さっき私が声が出なくなっていくことを話したと思う。そんな私が最後に呟いた言葉が、これだったとお母さんは教えてくれた。


 楓真は国立志望だったため、なかなか病院に来れなくて、実際に会えたのは、私の知っている世界から声が消えた後だった。


 もう、楓真に一生告白できないんだなって思った。声も出ない。文字すらも書けないんだから。


 『好き』を言葉にできない。


 それでも最後に私があの言葉を言ったということは、声の出る最後まで、どんな状況でも好きだと伝えたかったんだろうと感じる。


 声が消えた世界でも、私を一番支えてくれたのは楓真だった。


「何があってもきっと大丈夫だ。きっと治るよ。きっとまた笑えるよ」


 卒業式の5日前、楓真は私の病室で私の目を見てそんなことを言ってくれた。


 医者でもない楓真の言葉に、根拠は感じなかったけれど、それでもその言葉に救われた気がする。楓真の言う事、信じてみたいと思った。嘘でもいいから、と。


 楓真がその言葉を言った後、楓真は初めて私の手を握ってくれた。私の震えている手を優しく握ってくれた。私はその握り方がなんだか恋人つなぎにしか思えなかったな。


 その日の夜は、人生で一番泣いた。


 心が水浸しになった。ベッドのシーツだけでなく、心も、一切合切。


 痛かったから泣いた。でも、楓真に告白できない私の存在にはもっと泣いた。


 ――その気持ち、どんなことがあっても伝える。絶対に。


 この言葉が、心の中でずっと繰り返されていた気がする。


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