第10話 テレビ番組で実家に思いを馳せる。
引越し先の部屋をどうしよう――悩んでいたけれど。
会社の案内によると、自分で部屋を借りる以外に、借り上げ社宅とやらに住むこともできるらしい。
家具家電つきの1LDK。
家賃の一部を会社が出してくれて、自己負担額は20000円ぐらい。
とんでもなく安い。
新しく部屋を探し回るのも面倒くさいので、ひとまず社宅に入ることを希望する。無事それが通った。
「綺麗なマンションから、(まだ見てないけどどうせ)ボロアパートかぁ。格落ち感パねぇなぁー」
中途半端に育ったブランド志向やプライドがこんな時は邪魔くさい。
「って
もう1週間後には引越し業者が来て、この家を出ていく予定。
部屋の
「推し活グッズは一番最後にしよっ♪ 狭い場所に閉じ込められるのなんて短くしてあげたいし♪ ホウブ様♡ はすみん♡」
片付けが苦手。あまり荷造りが進んでいない。でもあと1週間もあれば問題ない……はず。
「冬モノ、片付けといて大丈夫かな? どうせ今は着ないしな」
私はクローゼットを開けた。
様々なアイテムの掛かったハンガーが、ずらっと横に並び、中がパンパンで苦しそう。
生地が分厚い秋、冬モノ。一着で多くのスペースを取っている。
『M×× M××』『B×××××ry』『P××DA』などのトレンチコート、キルティングコート、ブルゾン。
――男に贈られたモノ。
『モン×××ル』『M×× ××ra』『××6』などのダウン入りカーディガン、ウールジャケット、ジャンパー、プリーツスカート。
――自分で買ったモノ。
夜の世界に染まった影響。ブランドモノに恋焦がれる気持ちは、多分、人より強い。
一度、歩くブランドと化して人混みの中を
でも問題はハイブランドに私の求めるキューティー&ダークな服が少ないこと。肩の凝りそうなデザインばかりを出してくる。
だからプチプラコーデに頼らざるをえないこともザラ。
「そういえば服ってダンボールなんかに押し込んで大丈夫なんか? フツーに
それから私は、ハンガーパイプの下に置かれたチェストの、一番上の引き出しを開けた。
そこには下着類が収納されている。
雑に放り込まれているものもあれば、変にシワがつかないよう申し訳程度にたたまれているものもある。
その綺麗に仕舞われているほうを見ながら私は呟く。
「なんかキモいんだよな……男の執念が染み付いてそうで。
寝る予定がある時は、(男からして)見栄えのよさそうな下着を選ぶ。
いわば仕事道具。
これまで男の欲望に触れてきた下着たちが、環境の移り変わりにある今、妙に近寄りがたいものとして私の目に映る。
「よし。普段使いのやつだけ残して、後は
不要な下着類を何セットも抜き取って、壁際のミニソファに向かって投げた。
「えい。ナイスっ」
バラバラになりながらも、うまいことソファの上に乗っかってくれた。
(そういや昔、待機所で話した女が、下着はミ×ドの紙袋に入れてクシャクシャに丸めてから捨てるとか言ってたなぁ。
変態にゴミを漁られたとしても、ドーナツの包み紙ぐらいしか入ってなそうな袋なんてフツーはスルーするからとかなんとか。
真似してみよっかな?)
ソファの空きスペースに腰をおろした。
ミニテーブルを挟んだ向こう側では、広いとは言えない室内にお似合いな24インチのテレビが沈黙している。
無意識にテレビのリモコンをオンにした。
映るのはお昼のワイドショー。
街頭インタビューかなにかをやっている。
リポーターらしき女が、奇妙なほど爽やかな笑顔をふりまきながら、人であふれかえる通りをマイクを片手に歩いている。
ナレーションが入る。
『“子ども部屋おじさん”という新しいワードが注目を集める昨今! 街の人たちは実家暮らしについてどのように考えているのか! 実際に実家暮らしをされている街の人々にインタビューしてみました! ――まずはこちらの文具メーカーに勤める30代の男性!』
『そうですねぇ、やっぱり周囲の目みたいなのは気になりますねぇ、この歳にもなると。特に同僚が家庭を持ってる人ばかりなんで、いつまで自分だけ親に頼ってるんだろ? 的な。ちょっと、やっぱり、恥ずかしいですね。うん笑』
『――次はこちらの看護師をされている20代の女性!』
『うーん、親はずっと家にいていいよって言ってくれてるんですけど。3つ下の妹が……進学先で就職しちゃって……そのまま一人暮らし続けてるんですよね。だから私だけ家にいてちょっと気まずい部分もあるというか……笑』
「なんだ? こどおじこどおば特集なんかやってんのか? 最近のテレビは踏み込みすぎだろ」
視聴を続ける。
どうやら……というかやっばり、実家暮らしはネガティブイメージで語られるよう。
でも――。
「なーにが実家暮らしは恥ずかしいだよ。
どうせお前ら実家暮らしどころじゃねぇ恥ゴロゴロ抱えてんだろ? はじはじの実の全身恥人間だろ? そこに実家暮らしが加わったところでもはや無傷だろ。
こっちなんてな、こどおばやりたくてもできねぇんだよ。
甘えるなボケ!」
私の大阪の実家のマンションは、今や、もぬけの殻。
まぁ、他に誰か住んでいるかもしれないけれど、私たちという一家がいなくなったことに変わりはない。
お母さんとは病気で死別。
お父さんには縁を切られ、その後ゆくえ知れず。
弟は家出をするようにフラッと東京に出て行ってから消息不明。
ちなみに絶縁の影響で私はお母さんの葬儀に参列することができなかった。
もし実家に帰ったところで、二度と開くことのない玄関の前で立ち尽くすしかない。
「くそっ。私だって実家暮らししてぇわ。家に帰ったら親がニコニコしながら迎えてくれて、ご飯作ってくれて、話し相手になってくれて、サイコーじゃねぇか」
『次はこちらの商社に勤められている40代の男性!』
『いやぁ実家暮らし歴はもう長いですねぇ。僕の人生そのものですよ! 一人暮らしの経験なんて一度もないですからね。ある意味プロです笑。ちなみに家には一円も入れない派です!』
『それでしたらけっこうお金が貯まるのでは?』
『まぁそれなりに……一時期通帳の残高見るのとか楽しみでした。アハァ!
でも夜の街で遊ぶのにハマっちゃってからは……すっからかんです笑 上野のキャバクラにマシロちゃんていう可愛い子ちゃんがいたんですよ? 僕ぅもうその子にゾッコンでぇ、ガンガンいっちゃいました!
それなのにいつの間にかふらっと消えちゃって……。
これテレビですよね!? ちょっといいですか!?
マシロちゃあ〜ん見てるぅ!? コウたんだよ!? また二人でアルマンド飲みたいね? 僕のキミへの気持ちはエ・タ・ー・ナ・ル⭐︎ いつでもあの場所に戻っておいで?
フヒィッ!』
『……アハハ……伝えたい熱い思いがあるんですね……』
『えぇまぁ。ってあれ!? これってマシロちゃんどころか僕の知り合いや家族まで見ちゃってる感じですか!? そんな……ぎゃっ笑。ぎゃっ笑』
『………………』
眼鏡をかけた小太りの男が顔を赤らめながら画面の中でピョンピョン跳ね回っていた。
「なんだこれ。こんな真っ昼間からガチモンの恥が降臨してんじゃねぇか。なにやってんだよ。こんなのふつーに流すなよ。ピー音処理と全身モザイク必須に決まってんだろ。はじおぢのせいで目の前にいるリポーターなんて辞表書き始めるだろ」
画面にリモコンを投げつけそうになった。
って危ない危ない。
テレビは売っていくんだった。
傷つけないようにしないとね。
「てか相手の女の
それにしても私も家族関係がまともだったら、日本××協会とかいう、よくわからないところに無駄金なんか支払わずに済んだのに。
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