第9話 琥珀の塩
琥珀人形と塩エビが海底へと消えたあと、3人は無言でタルを引き上げ、速やかに港に帰還した。
港の誰も3人が襲われていたことには気づかなかったらしく、人々は何事もなかったかのように自分の作業に勤しんでいる。
まるで、3人だけで夢を見ていたかのような錯覚すら覚える。塩エビの甲殻や琥珀のカケラがそんなことはないと主張しているが。
無言のまま岩場に行ってタルの水を鍋にあけ、火にかける。ようやく口を開いたのは、スオラだった。
「なんか、いい匂いがする」
確かにその通りで、鍋からは潮だけではない不思議と心落ち着く香りが漂ってきていた。
「そういえば、海水の味見を忘れてたな」
「いいよ。塩ができてからのお楽しみ」
スオラにそう言われて、レオンは一度取ったタルを置く。確かに、今更焦る必要はない。
「というかレオン、アレなんだったの?」
「アレって何だ?」
スオラの疑問に疑問で返す。そこにマシューも参戦した。
「あのエビはなんだ?」
「知らん」
「琥珀人形は?」
「スオラの方が詳しいんじゃないか?」
マシューの視線を受け、スオラは最初にレオンにした話を思い出したらしい。
「塩を盗んだ魔女の話が、ほんとだってこと?」
「あの人形が、魔女と関係してるのは多分正しい。あの塩エビを退治するために作ったのかもな。それが、言い伝えられるうちに塩を奪ったって話にすり替わったって可能性もある」
ただの推測に過ぎないが、スオラの父も同じような事を考えていたのかも知らない。今となってははっきり分かることはないだろうけど。
「人参飛ばしてたのは?」
「秘密。詳しく聞きたきゃ、お母さんに聞きな」
レオンはスオラの母親に判断に投げることにした。
レオンとしては、スオラになら話しても良い気はする。マシューも聞くことになるが、それも許容範囲。しかし、スオラを魔女の事情にどこまで巻き込むかはレオンが決めることではない。
そんな事を話しているうちに、水もずいぶん減ってきた。まだ少し残っているが、鍋底には結晶ができ始める。
「なんか、黄色っぽいか?」
「そうだね。あの人形みたい」
言われてみると、そんな気もする。木匙で塩をこすり取って口に入れると、塩味とともに強い香りと旨味が広がる。
「ん……旨いな」
「そうなの?」
スオラの方に匙を向ける。一口食べた途端に、少女の顔がほころぶ。
「ほんとだ。美味しい。こんな塩、食べたことないよ!」
「貝っぽい旨味がある」
横からつまんだマシューも同意する。そして、少し考えたあと神妙な顔で切り出した。
「……なああの琥珀、いったん俺が預かっていいか」
「はぁ? 独り占めしようっての?」
「違う。資金がいる」
マシューは真っ直ぐにスオラを見すえる。
「スオラ、あのタルのもっと大きいやつは作れるだろ」
「まあ、材料があればね。大きなタルって結構高いし」
「それを乗せられる船と、十分なサイズの釜、あと薪をたっぷり。あの琥珀を売れば、足りるはずだ」
この塩の生産量を増やすことを考えているらしい。
レオンはニヤリとして意地悪な質問を投げかけた。
「トバル海の塩なんて、採算が取れないんじゃなかったのか?」
「普通の塩なら無理。でも、この塩ならいける」
「でも、またあのエビが出たら……」
自身の肩を抱くスオラ。彼女の言う通り、あのエビが最後の1匹とは限らない。あの場所でタルを下ろしたら同族が襲ってくる事は十分考えられる。
「その時は、俺がお前を守ってやる」
スオラの眉が一旦はね上がり、ゆっくり下がる代わりに口角が上がっていく。
「それって、そういう……」
スオラがニヤニヤするほどに、マシューの顔が真っ赤になっていく。それを誤魔化そうと、マシューは声を張り上げた。
「やるぞ、スオラ、一緒に!」
「おう!」
要するに、そういうことらしい。そう悟ったレオンは肩をすくめた。
「まあ、俺はトバル海の塩がそれなりの量だけ手に入れば、文句はないがね」
「レオンは、一緒にやらないの?」
せっかくのスオラのお誘いだが、レオンは首を振る。レオンの帰りを待つ村もあるし、一ヶ所にとどまるのは性分に合わない。それに、ホップス氏に邪魔をしないようにと釘も刺されているし。
「俺は旅商人だからな。トバリアに来たらその塩を仕入れて他所に売りに行くさ」
「いいね、それ。あたしたちが作って、レオンが売る」
スオラが掲げて見せた拳に、レオンとマシューも拳を合わせた。
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