第7話 船のあて

 そのまま駆けだそうとしたスオラを何とかなだめ、道具を片付けてからスオラの「船のあて」に向かう。


 港からすぐ近く、ホップス商会と看板が出ている建物に入るなり、スオラが叫ぶ。


「マシュー! 船貸して!」

「なんだよ、いきなり」


 声をかけられた若者が眉をしかめる。

 コレがマシューか、とレオンは若者を観察する。

 スオラより少し上、成年したかしてないかぐらいだろう。綺麗に撫でつけられた濃茶の髪に商人らしさがあるが、それにしてはよく鍛えられた太い腕。船乗り兼商人ならこうなるのか。

 スオラは嫌なことを言われたと怒っていたが、そこまで険悪な仲にも見えない。

 まあ、うるさく言い合ってはいるが。


「おや、船工房のスオラちゃんじゃないか」


 割って入ったのは、どう見てもマシューの父であろうよく似た男。マシューの顔から幼さを引いて、ヒゲと経験を足せばこうなるに違いない。ついでに、スオラへの素直な親愛の情も。

 それを知っているからか、スオラも頼む相手を変える。


「ホップスさん! 船貸して! 塩を作るの!」

「塩?」

「塩なら買えばいいだろ」

「塩、できるもん! レオン!」


 スオラにあごでしゃくられ、レオンは塩を入れた小袋をホップス氏に渡す。


「トバル海の水を沸かして作った塩です」


 ホップス氏とマシューがひとつまみずつ味見する。


「ふつー。こんなの作っても売れないだろ。採算がとれねぇよ」

「質としては悪くない。ですが薪代が高くつくでしょうな」

「だから!」


 興奮しきってるスオラを押しとどめ、説明を変わるレオン。事情が分かっていない相手なのだから、ちゃんと要点を押さえていかないと。


「海の塩辛さは同じじゃないんです。これがさっき、スオラの抱えているタルでとってきた港の底の方の水です」


 水袋からマグに移した海水を味見してもらう。塩を舐めさせた時より明らかに驚いた様子が見てとれた。浅いところの海の味をよく知っているからだろう。


「もっと深いところなら、もっと濃い塩水が取れるかもしれない。その手助けだけでもしてもらえませんか」


 ホップス氏の目を真正面から見据えて頼む。商会に名を冠しているところから考えても、彼が責任者に違いない。


 ホップス氏は2、3度ヒゲをつまんでから、決断した。


「マシュー、お前が船を出してやれ」

「船って! もう昼過ぎなのに今からかよ!」

「貝殻淵のあたりなら、近いし結構深いだろ。商会長命令だ」


 命令、と言われてマシューも諦めたらしい。船の準備をしてくると言って、外に出ていく。スオラもその後に続いた。

 その背を見送ったホップス氏が改めてレオンに振り返る。


「ところで、あんたは?」

「旅商人のレオン。トバル海の塩を買いに来たんだが、売ってないから作ることにしたのさ」

「ふーん……」


 露骨に品定めをする視線。見知らぬよそ者に対してなら、当然だ。特に、ホップス氏はスオラのことをずいぶん可愛がっているようだし。


「スオラのお母さんとは話がついています」


 その一言で、ホップス氏は警戒を解いた。それならそうと早く言えよ、とばかりに肩を叩いてくる。


「よし。じゃあ、あんたが保護者役。邪魔はすんなよ」

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