第4話 母親を懐柔
日が暮れた通りを、スオラの道案内に従って歩いていく。
空には満月が浮かんでいるし、光の魔法が所々に灯されている。それほど暗くはないが、少女を一人で帰らせるというわけにはいかないので、家まで送っていくところだ。レオンの宿に一緒に泊まるというわけにはもっといかない。
「ちょっと遅くなっちまったな」
「面白すぎて、話すぎちゃった。塩屋さんって面白いんだね」
「ちゃんと、そういう商人を選んだからな」
「そうなの?」
「デカい塩屋で単に売ってるだけの店員じゃあんなに語れない。そもそも知識がないからな」
驚いた顔をするスオラに、タネを明かしていく。
「もちろん、中には熱心で知識豊富なのもいるが、そういうのは店員のまとめ役とか買い付け係とかになってて、普通の客じゃしゃべれない」
いざとなれば大きな塩屋でそういうクラスの店員を探そうかとも思っていたが、幸いそれはせずにすんだ。
「単に塩も扱ってるってレベルの旅商人もダメだ。なんとなく『塩』のくくりでしか考えてない。まあ、俺もそんなに変わんないけど」
この仕事を受けるまでは、レオンも塩なんて海のものと山のものぐらいでしか考えていなかった。おかげで今、慌てて付け焼刃をしているわけだ。
「それで、あのお兄さんだったの?」
「塩だけで何種類も置いてあったろ? つまり、あいつは塩が大好きなんだよ。ああいうタイプとうまく話を合わせると、知識がたっぷり手に入る」
知らないことは、得意な人に聞くのが手っ取り早い。塩の作り方は4,5種類ほど聞き出せた。何から試していくかは明日考えよう。
「ふーん。ところで、あのお兄さんに教えてあげてた果物に塩ってのを試してみたいんだけど」
「明日な」
そうあしらったところで、スオラが足を止める。
スオラの家はわかりやすい大通りに面していた。もともと地元の大きな船工房なのだから、それなりに裕福なのだろう。その割に雑な格好をしているのは、船大工志望だからか。
いずれにせよ、ちゃんとした家ならばそれなりに叱られることを覚悟しなければ。
扉を無造作に開けようとするスオラを制して、レオンが扉をノックする。
「遅かったわね……あら!?」
「私、旅商人のレオンと申します。この街に来てまだ右も左もわからぬところをお嬢さんに助けていただきまして。そのためにお嬢さんの帰宅が遅くなってしまいました。申し訳ありません」
扉を開けたスオラの母親に、とびっきりの営業スマイルと口調で畳みかける。
彼女の眉のあたりにいた怒りは、驚きでどこかに飛んで行った。
「なるほど。お邪魔していたのでなければよいのですが」
「いえ、本当に助かりました」
「遅くなってごめんなさい」
ここで親を怒らせてしまうと、明日からのスオラの手伝いが期待できなくなる。それはスオラ自身としても本意ではないから、しおらしい姿を見せている。
ここでトドメを投入。
「これは少しばかりですがお礼の品です。よろしければお召し上がりください」
干したムアンの実。南方産の果物はこれまで誰に食べさせても好評だった。
スオラの母の顔も少し緩む。
「ありがとうございます」
「それでは、私は失礼します。スオラ、おやすみ」
「おやすみなさい」
扉が閉じた後も、レオンは少し離れて聞き耳を立てる。
エルフは耳がいいとはいえ、距離もあるし壁も隔てている。話し声までは聞き取れない。
が、ひとまずこっぴどく怒られているような様子もないのなら成功と言っていいだろう。
レオンが本当に宿に戻ろうとしたところで、扉が開いた。
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