第3話 塩屋の語り

「塩屋ならそこにあるよ」

「ん、まあそっちは後でな」


 市場でスオラが指さしたのは、しっかりとした店構えの塩屋だった。5人ほどの若い男女が次々とやってくる客に塩を計り売りしている。

 確かに塩を買うなら、そこで買えば良いだろう。でも、今レオンが買いたいのは塩そのものじゃなくて、その作り方。

 だから、レオンは塩屋の店舗は一旦パス。旅商人たちが群れる一角にいく。

 旅商人のほとんどは、塩も売り物に加えていた。元々旅商人は売れそうなものならなんでも扱う。トバリアに行くなら、別の街で塩を仕入れておくのが常識なのだろう。最悪売れなくても、自分で使えば良いのだし。


 そういう即席塩商人たちの間を潜り抜け、ようやくレオンは目的の商人を見つけた。


「ずいぶんあちこちの塩があるな」

「まあね」


 広げたマットの上に、いくつもの塩の山を使っている商人だ。


「普通の塩だけじゃ、デカい塩屋にかなわないから、あちこち回って買い集めてるんだ」

「どれがおすすめだい?」

「何をしたいのか、いくら払う気があるのかによるよ」


 安易にコレがいいとは勧めてこない。その対応に、レオンは当たりを引いた事を確信する。


「安いのだと、ペイの塩。量も入ってきてるから、どこの塩屋でも買えるよ。でもまあ、質がちょっとな」

「たまにジャリっとするんだよな」


 口をはさむスオラに、商人がうれしそうに頷く。


「そうそう。リューネの塩だと、それがない。その分ちょいとお高いが、色も真っ白でお金持ちへのウケはいい」


 確かに、商人が示した一つ目の塩は、二つ目に比べると少し黒い粒が混じる。

 さらに商人は、小さめの別の塩山を指す。


「こっちのはリチカの山からとった塩。ちょっと青色がかってるだろ?」

「ホントだ。綺麗だね」

「特上のだと空の色をしてて、塊のままで高値で売られるらしい。コレは色がまだらな安いやつを砕いてあるんだけどな」


 どうやら、話すのに乗ってきたらしい。スオラが素直に感心した顔をしてくれるのが楽しいのだろう。


「すごく詳しいんだね。色んな街に行ってるんだ」

「塩があるところならどこへでも、と言いたいが、まだまださ」

「あまり南の方には行けてないみたいだな」

「ああ。いつかは行きたいと思ってるんだが、中々な」


 心から残念そうな顔をする商人。それを見て、レオンは切り札を出す。


「南の方で、ちょっと変わった塩の使い方をするのを知ってるかい? こっちの方では見たことないんだが」

「なんだそれ。教えてくれよ」

「良いけど、代わりに知りたいことがある」

「なんだ?」

「塩の作り方を、知ってるだけ全部教えてくれ」


 食いついて来ていた商人だが、レオンの要求には顔を曇らせた。


「作り方? そりゃまぁ知らないことはないが……聞いてどうするつもりだ」

「あたし達、トバル海の塩を作りたいんだ」

「トバル海の水で?」


 スオラの言葉で、ますます曇る。


「難しいと思うがなぁ。俺もあちこちの街に行ったし、その海の水も試し飲みしてきた。トバル海の水はスープより薄いんだぜ」

「やるだけやってみたいのさ。あちこちの塩の作り方を上手く組み合わせれば、ひょっとするかも知らないだろ」


 素人の甘い考えなのは百も承知で食い下がる。少なくとも、レオンが前に話を聞いた別の塩商人に比べると笑い飛ばさないだけマシなのだ。

 塩の情報欲しさか、上目遣いで見つめるスオラが効いたのか、商人の逡巡は意外と短かった。


「よし。まず楽なところからいくか。ペイの塩だと、海の水を砂浜に撒くんだ」

「それから?」

「2,3日待つと、乾いて塩ができてるから、それを集める。以上」

「なにそれ! 簡単すぎじゃない。ズルい!」


 憤慨するスオラを、塩商人がなだめる。


「だろ。でも、ペイの街だからできるんだよな、これ。ここと比べるとかなり暑いし、海も普通にしょっぱい。だから、ちょっと待つだけで水が乾いて塩が取れるんだ。砂がたまに混じるのが玉に瑕だが」

「リューネの塩だと砂は入ってないよね」

「そう。あそこは元々井戸の水を使ってるのさ」

「井戸水?」

「リューネの辺りは、井戸水が全部しょっぱいんだよ。それを沸かして水を飛ばして塩にしてるのさ」


 リューネの街は、レオンも通ってきたので少しは状況を知っている。が、あえて行った事がないていでコメント。


「井戸水が全部しょっぱいと、それはそれで生活に困りそうだな」

「それが、塩を取るために沸かした水を回収して売る仕組みができててな。あの仕組みはすごいんだホントに。水の回収のついでに燃料も節約できるんだから」

「どんな仕組みなの?」

「それはだな……」


 塩屋の語りはますます熱くなり、日が暮れるまで続いた。

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