第2話 魔女への愛憎

 レオンはあえてゆっくり振り返る。

 真後ろに立っていたのは、子どもだった。

 うっすら焼けた小麦色の肌と対照的な白銀の髪。海をそのまま映したような、深みのある蒼の眼。

 顔立ちはそこそこ整っているが、服装が良くない。灰色のシャツは洗濯こそされているがかなりボロけてシワだらけ。藍に染められたズボンは膝のあたりで破ったようになっている。

 少年かと見えたが、胸のあたりがささやかに女性なのだと主張していた。


「なんで、塩を欲しがると魔女なんだい? お嬢さん」

「そういう話があるのよ」


 そう言いながら、少女はレオンの横に並び、海を指す。なぜか、人差し指と中指をクロスさせて。


「昔はトバルの海も他の海と同じように塩辛かった。ある時、魔女がトバリアに来て、塩を分けてほしいと街の人にお願いした。でも誰も分けてあげなかったものだから、怒った魔女は魔法の人形を作ったの。黄色く輝くその人形はトバル海から根こそぎ塩を持っていってしまったの」

「なるほど、ね」


 あちこち旅をしていると、ときおり聞くタイプの話だ。昔がどれぐらい昔かは誰も知らないし、本当にあった事か?と聞けば語った当人ですら肩をすくめる。悪いことは魔女とか怪物のせいで、良いことは神様や天使、地元の英雄のおかげ。


「で、アンタ魔女なの?」

「本業は旅商人だよ」

「彷徨エルフのキャラバンが来たウワサは聞かないけど」

「俺は1人で旅してるからね」


 少女と並んで海を眺め、ふと思いついた風を装ってきりだす。

 

「魔女に会ったら、頼みたい事でもあるのかい?」

「なんでそう思うの?」


 少女ははじかれたようにレオンの横顔を見る。想定していた反応とは違ったので、レオンは適当にはぐらかす。


「なんとなくさ」


 クロスさせた人差し指と中指は、魔女に助けを求めるサインだ。普通の人は知らないことだし、偶然かもしれない。

 少女も、それ以上踏み込まずに顔の向きと話を戻す。


「決まってるでしょ。塩を返してって言うのよ。父さんが昔言ってた。塩が取れれば、トバリアももっと豊かになるのにねって」


 弁護しておくと、トバリアが寂れているというわけではない。ただ、人の数の割にはすこし活気に欠けるのも事実だ。

 恒常的に他所から塩を買う事が、街の財政の負担になっていることは間違いあるまい。


「塩商人が儲かるだけかも知らないぜ」


 少し意地悪な事を言ってみる。街がもっと豊かになる、なんてのは子どもには似合わない。


「別に、それでもいいわ。塩があれば、みんな魔女を嫌わない」

「魔女が好き?」


 少女の顔がパッと明るくなる。


「父さんの工房のトレードマークなの。魔女印の船はトバル海で1番早くて丈夫なんだから!」


 そこまで早口でまくし立ててたが、次の瞬間すとんと肩を落とす。


「ちがうか。だった、だね。父さんはもう死んで、今はディルおじさんが工房長。魔女の看板も外されちゃった。あたしがいつか使うけど」

「船大工になるのか?」

「そのつもり、だけどね」


 忙しく表情を変える少女。今度の顔は、怒りだった。


「魔女の船になんか、誰も乗りたがらないって。マシューのやつ! 父さんが生きてたときは、マシューのおじさんは父さんに頭下げて船を作ってもらってたのに! 今でも、マシューんとこの船は半分以上父さんが作ったやつなのに!」


 どうやら、マシューとやらとケンカしたらしい。魔女はたいていの場所で嫌われ者だが、少女にとっては憧れの父の象徴だ。そりゃ怒るだろう。


「なるほど。じゃあ、ちょっと塩を作ってみるか」

「へ?」

「俺の知ってる限り、たいていの海辺の街では塩を作ってる。ここの海じゃ難しいかもしれないが、絶対できないって事はないだろ」


 どのみち、売っていないなら作るしか無いのは分かっていたのだ。しかし、よそ者が1人で妙なことをしていると、地元民ににらまれやすい。協力者がいた方がやりやすい。


「俺はこの海の塩を持って帰れば仕事が完了。お嬢さんは、そのマシューとやらに塩を叩きつけて見返してやれば良い」


 彼女にとってのメリットは少ないかな、と思いながら持ちかけたが、意外と乗ってきた。


「塩って、どうやって作るの?」

「それを調べるところからさ。どうするね?」


 少女はためらいも見せずにレオンの手を取った。


「いいわ。やってみよ。あ、アタシはスオラ。アンタは?」

「レオン。あるいはタンポポ」

「なにそれ、変なの」


 まだ慣れない名乗りだがウケはとれた。


「レオンの方が通りがいいから、そっちで呼んでくれる方がうれしい」

「じゃあ、レオン、行きましょ!」

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