塩の魔女

ただのネコ

第1話 塩のない海

 さんさんと降り注ぐ陽光。

 寄せては返す白波を眺め、桟橋に佇むレオンは大きくため息をついた。

 太陽を避けたいわけでは無い。

 海が嫌いな訳でもない。


「海なのになぁ」


 風がレオンの耳をくすぐる。エルフの象徴たる長い耳を。海辺の風とは思えぬほどに、さらりとした風であった。

 高い鼻をひくつかせても、香りが違う。潮の香りが無いのだ。


「塩がない海ってなんだよ」


 レオンの前に広がる水面は、トバル海と呼ばれている。大きくせり出した2つの半島に囲まれてはいるが、確かに海なのだ。

 だが、その水はかなり塩が薄い。街の人の言うには、そのまま飲んでも大丈夫だそうだ。まだ試していないが。


「なんでこんな仕事を受けちまったんだか」


『トバル海の塩を手に入れて欲しい』と聞いた時は、簡単な仕事だと思ったのだ。これが山の塩なら警戒した。岩塩はどの山でも取れるものじゃ無いって事は知っている。でも、海の近くならどこだって塩は作ってるだろうと思っていたのだ。だから、近くまで行けば普通に買えるものだと思い込んでいた。

 しかし、トバル海を目指して西へ西へと進んで行っても、何故かトバル海産の塩には出会わなかった。

 ついにトバル海に面したトバリアの街に着いても、売っているのはすでに通り過ぎたリューネの塩や、かなり南の方のペイで作られた塩ばかり。

 それを塩商人に尋ねてみたら、「トバル海の水じゃ塩なんて作れないぞ」と笑われた訳だ。


 無いものは買えない。海に面したトバリアの人たちですら、わざわざ他所から運んできた塩を買っているのだ。しかし、このまま帰って『ご所望のトバル海の塩はありませんでした』と言うのは芸がない。


「塩の一袋ぐらい、なんとかならんもんかなぁ」


 そう呟いてもう一度ため息をついた時、後ろから声をかけられた。


「塩しおシオって、アンタ魔女?」


 一瞬、息が止まった。

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