第31話 猿轡と怪しい影

 ◇ファミレス バイト中


「...スク水ってすっげぇ、エロいよな」と、お皿を洗いながらそんなことを呟く。


「...何ですか、いきなり。発情期ですか?」と、お皿を拭きながら返答してくる。


「いや、そうじゃないけど...」


「先輩はそういうの好きですもんねー。彼女に猿轡とかつけそう」


「つけねーよ。てか、女子が猿轡なんてよく知ってるな」


「はい。前に言いましたよね?私は相当エロいですよ?」


「...そりゃ、彼氏になるやつは大変だな」


「はい。なので、出来れば付き合うならドSの人がいいです。命令されたいです」


「...皿を拭きながら何言ってんだよ」


「てことで、今度の土曜日先輩の家に行っていいですか?」


「なんの『てことで』なんだよ。来週うちは使えないから却下。親戚がくるんでな」


「じゃあ、遊ぶのもダメですか?」


「それはいいんじゃないか。知らんが」


「では、私の家で遊びませんか?」


「まぁ、いいけど。てか、弁当は毎日作らなくていいぞ。気持ちは嬉しいが、流石にな...」


「...嫌ですか?」


「別に嫌じゃないが...」


「なら、続けます。先輩は...私にして欲しいことないですか?」


「んだよ、急に」


「...いえ。私、先輩のためなら、多分何でもできると思うんですよ。けど、先輩は私に何求めてこないから...」


「求めるって...。仙道には感謝してるぞ。だからこそ、貸し借りなんてないと思ってるし、そういうのを盾に何かしてもらうとか思わないんだよ。むしろ、仙道は俺にして欲しいこととかないのか?」


「...名前で呼んで欲しいです」


「...莉来?なんかちょっと恥ずかしいな」


「...はい。私は嬉しいですよ」


 そんな会話をして、いつも通りバイトを終えて、二人で帰る。


 外の気温は10度を下回っており、だいぶ寒さにも拍車がかかっていた。


「...いやー、寒いな。流石に」


「ですね。先輩、私の手を温めてください」


「...あったかい飲み物でも買うか?」


「...意地悪」


「俺にそういうの求められてもな。前回の一件で分かったろ。俺は臆病者で、性格も悪いんだよ」


「...まだ好きなんですか?」


「どうだろうな?わかんね。そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。だから、莉来の気持ちは素直に嬉しいけど、今すぐには答えられない。もちろん、雪花も同じだ」


「...そうですか。分かりました。いえ、分かってました。けど、答えてくれなくてもいいんです。私は先輩が不安にならないように、ずっとアピールし続けるだけなんで。気楽に聞き流しちゃってください」


「...おう」


 今の中途半端な気持ちで付き合ったところで、多分どちらもうまくはいかない。

過去の清算は終わった。

それでも、ちゃんと気持ちに向き合うだけの覚悟は俺にはまだない。


 もっといっぱい話して、いっぱい遊んで、いっぱい好きになってから付き合いたいんだ。


「...そういや、元カレとはどうなんだ?なんかこの前ちょっと揉めたように見えたけど」


「あー、いえ。大したことではないです。よりを戻したいと言われたので、はっきり断っただけです」


「...そっか。でも、今だと少しだけ気持ちがわかるんだよな」


「...気持ちですか?」


「うん。束縛したくなる気持ち。大好きだから、嫉妬もするし...自分を見て欲しいって言うのは分かるんだよな。もちろん、度を過ぎたものはよくないと思うけど」


「...そうですね。私も今は少しだけわかります。けど、やっぱり彼とは上手くはいかないと思います。先輩と出会って、本当に好きになるって言うのが分かったので、束縛したくなる気持ちも今なら分かります。けど、その対象はやっぱり彼じゃなくて、先輩なので」


「...グイグイくるな」


「はい。私は引くより押すタイプなので」と、そんなことを呟く横顔はやっぱり綺麗だった。





 そんな会話をしながら、莉来を家まで送る。


「それじゃあ、また明日な」


「先輩、もし私と付き合ったら...猿轡つけてあげてもいいですよ?」と、イタズラ笑みを浮かべながらそう言った。



【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818093084919962292


 ◇


「...あの男が噂の?」


「...あんな男のどこがいいんだ」


「まぁ、分かったでしょ?つまりはそういうこと。あの二人をたぶらかし、そしてあの転校生とも接点があるということが」


「...許せねーな」

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