邂逅
(〈PVP〉の匿名なんて、私には何の意味もない。ここから紐づいて、直接、相手の〈イデア〉へと入り込んであげるわ)
電脳世界の中を一人、彼女は静かに進んでいた。
周囲は光の粒子が無限に舞い上がり、幾何学的な形状が常に変化する幻想的な空間。
彼女の心には、特定の人物への強い想いが宿っていた。
目の前に広がるデジタルの海の中で、様々な情報の流れが視界を横切る。
意識が一点に集中し、彼女の心臓は早鐘のように高鳴る。
目的に近づく感覚は、まるで不思議な引力のようだった。
進むたびに、周りの光が微かに明るくなり、潜在的なエネルギーを感じる。
すると、視界の隅に小さな光点が見えた。
それが探し求めていた存在のシンボルであることを彼女はすぐに察知した。
胸の鼓動は一段と強まり、身体が自然と前へと進む。
データストリームをすり抜けながら、視界の変化に身を任せて進んでいく。
(さあ、匿名プレイヤー、貴方の素顔を拝見してあげましょう…)
…時間が一瞬止まったかのように感じられた。
(なに、この、気配は、ハッキングは、並の人間では察する事も出来ない筈、なのに)
影と形。
輪郭はあるが、素顔は見えない。
だが、その人物の目がこちらを見つめている。
距離が縮まるにつれて、それが分かる。
(うそ、まさか、こちらを見て…)
『…おや、〈イデア〉を使って盗み見だなんて、趣味が悪いね、君は』
彼女の耳に響いた声は、冷淡でありながらもどこか魅力的だった。
「ッ?!」
虚を突かれた感覚が広がった。
『うん、悪いね、プライバシーの侵害だからね…キミに渡せる情報は、何も無いよ』
その声はゆっくりと、その場の空気を支配し始めた。
「あなたっ、はッ!!」
彼女は怒りをこらえきれず叫び返した。
しかし、桎梏のような圧力で言葉が詰まってしまうような感覚があった。
『知る事は無い、さあ、お帰り頂こうか』
その声には微かな嘲笑が含まれていた。
「きゃッ!」
彼女は反射的に後退し、恐怖に駆られた。
「ッ…は、あッ」
思わず息を呑む。
心の中で渦巻く混乱と役立たずな感情が、再び翻弄しようとする。
『シルヴァイト様、何かあったのですか?』
その声に振り向くと、視覚内で展開されたビデオ通話が起動しっ放しだった。
そして、心配そうにこちらを見つめる相手の姿があった。
その顔を見て、自分のダイブは弾かれてしまい、自身の肉体へと戻って来た事を悟った。
「…は、ぁっ…、つ、っ、みつ、けた…」
彼女の言葉はいくつもの感情が押し寄せ、途切れ途切れに難解な音を発した。
『シルヴァイト様?』
相手が不安な表情を浮かべる。
「…少し、黙りなさい、今、この感情に名前を付けようとしているのだから」
彼女は相手に向かって冷たく言った。
今、彼女の頭の中は、かつての記憶が鮮やかに甦っていた。
『え?あ、も、申し訳ありませんッ』
即座、通話をミュート状態にする。
一人になった彼女は、脳内で先程の行動を反復した。
(…あの時、あの時と同じ、こんな芸当、出来る人間なんて、この国では限られている…)
彼女は自らの感情に言葉を持たせながら、冷静さを取り戻し始めた。
「私と同じ年齢だとすれば…あの時の、あの人くらいなもの…」
その月日は流れ、彼女の心を蝕んでいた『屈辱』は、再び彼女の前に立ち現れた。
「この学園に…来ていた、あぁ…なんて、運命的」
彼女の口元には、不敵な笑みが浮かぶ。
「(この私に屈辱を与えた、瑕疵者が、この学園に居る)」
その考えは、激しい怒りと共に彼女を束縛した。
「ふ…あぁ、あの時、複数あった留学候補で、この国を選んで良かった…」
内心の高鳴りが彼女の中で大きくなっていく。
「プレイヤーネーム…〈
その名前を口にすることによって、彼女は過去の屈辱の数々を思い出していた。
「必ず探し出して…私の前で、頭を垂れる機会を差し上げましょう」
彼女の眼差しは燃えていた。
復讐の炎が心の底で燃え盛っているのを感じる。
「ふっ…あはっ!!」
彼女の笑い声は、静寂の部屋に響き渡る。
その瞬間。
ソユワーズ・アンドロマリウス・シルヴァイトは、因縁の相手がこの学園に居る事に喜びの声を挙げるのだった。
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