負債証書の譲渡


「それじゃあみんな、俺はお暇するよ、また明日、教室で会おう」


白宮桃花と、鞭野瑪瑙に視線を向ける。

一緒についてこいと言う命令だった。

しかし、足を地面に張り付けたかの様に動かない二人。

さて、どうしたものかと、遠崎識人は見ていた。

そんな時だった。

遠崎識人に話し掛ける男子生徒の声があった。


「おい、待てよ」


鬼怒川万次だった。

彼に話し掛けられて外面に笑みを張り付けて会話を行う。


「どうかしたのかい?鬼怒川くん」


と。

普段と変わらない、友人と接する様な口調で鬼怒川万次に聞いた。

鬼怒川万次は椅子を掴んでいた。

ゆっくりと歩き、遠崎識人の前に立つ。


「このまま帰すとでも思ってんの?俺が頂く筈だったもの、横取りしちまってよ」


彼は御立腹だった。

極上の女が二人。

負債証書で雁字搦めにして性欲の限りを尽くそうとしたのに、遠崎識人によってその機会を奪われた。

鞭野瑪瑙は細身だ。

肉付きはあまり良くない。

それでも、彼女の高飛車な性格。

調教を行い、従順にさせるのが愉しみだった。


何よりも白宮桃花。

クラスの中でも一番の豊満な肉体の持ち主だ。

幾度、彼女を妄想の中で性欲の捌け口にした事か。

それは他のクラスメイトも同じ事だろう。

憧れの的が、何処の馬の骨かも分からない転校生に奪われた。

それが何よりも許せない事だった。


遠崎識人は、鬼怒川万次の言葉に両手を合わせた。

困り眉を浮かべながら、申し訳なさそうな表情をしている。


「あぁ…その点に関しては申し訳ないと思っているよ、けど、決めたのは彼女たちだ」


彼はあくまでも、負債証書を彼女たちの前に表示したに過ぎない。

嫌ならば、彼女たちは負債証書にサインなどしなかった。

だから、サインをした以上は彼女たちの自己責任。

遠崎識人に付き従うと決めたと言う事である。

彼の言葉に、鞭野瑪瑙は泣きながら言い返す。


「勝手な事言うな、あんたのせいでッ」


近くに居た白宮桃花は何も言わない。


「…」


未だ、自分が誰かの所有物になったと言う自覚が湧かないのだろう。

遠崎識人が命令すれば、イデア経由で命令を遵守すると言う事実。

即ち、所有物と言う認識が足りていない。

困った困ったと、遠崎識人は腕を組んで考える。


「うーん、でも、彼女たちは納得していない様子だ」


遠崎識人にとっては助け船を出した感覚だった。

だが、彼女達にとっては余り嬉しくない状況であるらしい。

その事を心苦しく思ったのか、ある事を思い付いて、遠崎識人は鬼怒川万次に提案を行った。


「だから、鬼怒川くん、もしも彼女達が君の方に移りたいと言うのなら、俺は喜んで、鬼怒川くんに負債証書を渡すよ」


負債証書の譲渡である。

その提案を口にした時。

当の本人である二人は、呆けた声を口から漏らした。


「…は?」

「え…」


そして、鬼怒川万次はまたとないチャンスが舞い降りた事に関して喜んだ。


「マジで?おい聞いたか二人とも、こいつよりも俺を選べよッ、最初は嫌かも知れないが、時間が経てばきっと俺の方が良いって事を教えてやるからよ」


性欲に塗れた満面の笑み。

今頃、鬼怒川万次の脳裏には彼女達を犯す妄想に耽っているのだろう。

鬼怒川万次の予想を見るに、両者共に処女だ。

ならば、最初はどちらの初めてを奪うか、悩んでいる様子だった。


遠崎識人は笑みを浮かべながら、鬼怒川万次に向けて手を向ける。


「さあ、どうぞ、鞭野さん、白宮さん、俺はどちらでも良いんだ」


二人が、どちらを選ぶかなど、遠崎識人にとってはどうでも良い。

ゲームで勝利した戦利品だが、それを手放す事に躊躇は無い。


「俺に仕えるか、鬼怒川くんに仕えるか、決めるのはキミたちだよ」


どちらかを選べ、など。

女性に対する悪評が漂う鬼怒川万次を選ぶ女性など居ないだろう。

だが、得体の知れない遠崎識人を選ぶのか、と言うと、躊躇はしてしまう。

黒い噂は無い、だが、鞭野瑪瑙を道具として靴を舐めさせた。

彼の性格は残虐だ、人を人とも思わない。

彼と共にすれば、どの様な被害を被るか、予想だに出来ない。

それでも、どちらを選ぶかと考えた結果。


「は、ぁ…わ、私は、遠崎くんの方が、良い、です」


慌てながら。

白宮桃花は遠崎識人を選んだ。

結局は、顔の差である。

鬼怒川万次は明らかに不良顔だ。

女性を征服する為に恐喝すらするだろう。

まだ、優男の雰囲気を醸す遠崎識人の方がはるかにマシだった。


白宮桃花は選択をした。

のだが…何故か、遠崎識人は懐疑的だった。


「うーん…でも、さっきも言った様に、鬼怒川くんの方が、キミたちにとっては幸せなのかも知れないなぁ」


彼女達の幸福を考える。

それは人では無く、奴隷として。

何方に従うのが幸せな事なのかを考慮した。

うんうん、と勝手に決める遠崎識人。

白宮桃花は、遠崎識人が鬼怒川万次に負債証書を渡すと思った。

彼には頓着が無いのだ、人に対する情など、感じ得ない。


「…やっぱり、鬼怒川くん、負債証書はキミに譲…」


その言葉を遮る様に。

白宮桃花は覚悟を決めた。

遠崎識人の奴隷として動く事を、だ。

彼の手を取って、彼女は自らの胸に押し当てた。

豊満な胸が、遠崎識人の手を柔らかく包み込んだ。


「お願いします、遠崎くんが良いの、お願い、お願い…」


必死に懇願する白宮桃花。

彼女の熱意を掌で感じ取る遠崎識人。

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