負け犬

強制的に〈Fight/destinyファイト・デスティニー〉を終了する。

蒼白とした顔をしている鞭野瑪瑙。

周囲の生徒達は観客モードで一部始終を見ていた。

あの、鞭野瑪瑙が、ゲームで敗北した。

それも、〈全賭けオールイン〉でのバトルで、だ。

全てを失った彼女は椅子から立ち上がった。


「嘘…私が、ほんの序盤で、敗け、た?」


ほんの一瞬。

まだゲームの序盤。

初回の時点で、遠崎識人に倒された。

百名で行うバトルロワイヤルならば、こういった初回で死ぬのはよくある事だ。

しかし、一対一の対戦モード。

多少、エリアは狭くなるが、それでも出会う確率は低い。

何時もならば、その事に対して不満を覚え、相手側に有利に働いたとランダムでのスタートに関して運営に不公平だと言うのだが。


「…え?そんな筈、ないでしょ、だって、30万以上あるのよ?」


ポイントの喪失が、余りにも彼女の心に響いていた。

眼には見えないデータ上のものでも、心の中で穴が開く程の喪失感を覚える。


「なのに、なん、敗け?…え、あの、負け犬と、一緒…?」


近くに居た女子生徒に目を向ける。

お姉様と慕う女子上級生に誘われた。

同性を使って行う奉仕活動の下っ端として働く事となった。

それと共に、ポイントを配布され、彼女は選ばれた存在だと鼻高々になっていた。

だから、自分は自分以外の人間を蹴落としても良い。

自分以外は、全て負け犬として認識していた。


『きゃははッ!負け犬の完ぇ成!』

『ほらほら、退学になりたくないでしょ?』

『だったら私の言う事を聞いておきなさいって』

『恨んだって無駄、だってもう、貴方は人生の敗北者ッ!分かるぅ?』

『いいからさっさと体売ってポイント作って来いよッ!』

『まあ、取り分は、お姉様方が七割、私が二割九分、あんたが一分だけどねッ!』

『きゃははッ!!悔しかったらゲームで勝てば良いじゃないッ!』


今までの発言が跳ね返る。

目が合う女子生徒。

鞭野瑪瑙の被害に遭った生徒ら。

憎しみと怒りを込めた視線を鞭野瑪瑙に睨みつける。


「いや…あいつらと、一緒なんて、そんなの…」


後退りをする。

椅子に当たり、ガタン、と倒れる。


「だって、わ、私は、お姉様がた、から直接指導して貰ったのに…ッ」


自分が敗ける筈がない。

その自信は、直接指導を受けた経験から、事実を認められなかった。

そして、周囲の生徒を掻き分けて教室の外を目指す。

もうじき、十二時の時間帯になる。

そうなれば、ポイントを支払えず退学扱いになってしまう。


「い、今から…お姉様の元に行けば…奴隷墜ちには…ッ」


だから。

鞭野瑪瑙は上級生にポイントを求める。

負け犬と思った相手から施しは受けたくは無かった。


だが、教室の前で鞭野瑪瑙の足は止まる。

目の前には、彼女に敗北し、奉仕活動を強制されていた女子生徒たちだ。

彼女達が前に立った事で、教室の外へ出る事が出来ない。


「なによ、あんたたち!邪魔、そこを退きなさい!!」


急いでいる彼女はそう叫んだ。

だが、彼女の命令に、彼女達は命令を無視した。


「いいえ、退かない」

「このまま教室から出たら…上級生にポイントを譲って貰うんでしょ?」

「あんたなんか…このまま、退学になればいい!」


彼女達は、鞭野瑪瑙に敗けた。

そして、身柄の権利は、上級生へと渡した。

これにより、直接の命令権は鞭野瑪瑙では無く、上級生が握る事となっている。

しかし、なるべく彼女の命令を遵守する様に女子生徒達は動いていた。

もし失態すれば鞭野瑪瑙が上級生に告げ口を行うからだ。

だから、実質的、彼女の命令は絶対だったのだが。

ここで、退学になるのならば話は別だ。

復讐の為に、鞭野瑪瑙を意地でも教室の外へ出そうとはしなかった。

幾ら彼女でも、自分よりも背の高い女子生徒を押し退けて教室に出る事は出来ない。

だから、また別の方法を探す。

それは、今まで見下していた人間に救けを乞うと言う屈辱的なものだった。

背に腹は代えられない。

他の生徒に声をかけ始めた。


「な、だ、だったら、誰かッ、ねえ、鬼怒川ッ、ポイント、ポイントを頂戴!!」


そうして。

鬼怒川万次に声を掛ける。

少なくとも、上位組としての情があるだろうと言う期待を胸にしていた。


「いいぜ、友達だからな」


案外、簡単に鬼怒川万次は了承した。

指を使い、ポイントの確認をしている。

自分よりも下に見ていた鞭野瑪瑙だが、今回ばかりは評価を上げる。


「さ、流石、話が分かるじゃない、ほら、さっさとポイントを…」


と。

ポイント譲渡画面を待ち受けるのだが。

彼女の視界に届いたのは、まったく別の代物だった。

それは…負債証書だった。


「ほら、契約書、勿論書いてくれるよな?」


にんまりと笑みを浮かべる鬼怒川万次。

これにサインをすれば、彼女は鬼怒川万次のものとなってしまう。

凍り付いた笑みを浮かべながら、鞭野瑪瑙は鬼怒川万次に顔を向ける。


「な、なんで、そんなもの書かなくても、良いでしょ?」


そう言った。

これにサインをすればどうなるか、嫌と言う程見て来た。

鬼怒川万次は軽々しい口調で、友達の様に話し掛ける。


「いやいや、そうは行かないぜ、踏み倒される可能性もあるからよ、まあ、これは一応、保険みたいなもんだからさ」


彼の安っぽい笑みの裏側を察している鞭野瑪瑙。


「あ、あんた、まさか、私を奴隷として…」


散々、友達として共にしていたのに。

その期待を裏切られた気分になる鞭野瑪瑙。


「まさか…そんなわけないだろ?他の奴とは違って待遇は良くするさ、ただ、友達から、セフレに代わるだけだから…」


案の定だった。

鬼怒川万次の噂は聞いている。

個人的趣味で撮った動画を、気軽にSNSへ投稿する様な人間だ。

しかも、自分だけはモザイク修正をしていて、相手の配慮をする事無く無修正で提供する。

この男だけは、絶対に契約してはならない。

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