即落ち展開


面白い対戦だと、生徒は机を退けた。

教室の中心に、二つの席を用意する。

片方は謎の転校生である遠崎識人が項垂れる様に座る。

もう片方の椅子には、足と手を組んだ鞭野瑪瑙。


二人は〈Fight/destinyファイト・デスティニー〉を起動する。

手にはゲーム媒体機は無い。

当然、教室にもそれらしいものは無い。

VRゲームには、ゲーム機など必要ない。

必要なのは、次世代パーソナルコンピュータだ。


〈イデア〉。

脊髄部分に移植されたチップ。

頭の中でコンピュータを操作する事が出来る。

現代でのスマホやPCと同じ役割を持つ。

チップがハードディスクであり。

脳の信号がキーボードやマウスを動かす役割。

そして視覚がディスプレイを映すモニターの役割となっている。


「(なんでこんな事に…)」


鞭野瑪瑙は苛立った。


折角。

あの白宮桃花のポイントを全損させ良い気になっていたのに。


自分の運命を決める為。

ポイントを全て賭けなければならないのか。


つくづく腹立たしい事だった。

今頃、白宮桃花は懇願してポイントを要求しただろう。

魅惑的な彼女のボディは、学園裏で開催される営業に使える。

それを欲している上級生が居たのだ。

だからどうしても白宮桃花を落としたかったのだが。

今では、自分の首を絞める様な状況に陥っていた。


「(まあ良いわ、どうせ、五味山なんて五人の中じゃ一番の雑魚だもん、あいつに勝てた所で、私の方が実力は上だし)」



そう高を括っていた。

相手の顔を見る。

灰色の髪を耳が掛るまで伸ばしている。

前髪も長く目を隠す程長いが、容姿は整っていた。


「(顔は悪くないわね…女子上級生おねえさまに献上して好感度稼ぎも出来るわ)」


と。

取らぬ狸の皮算用をしていた。

二人は〈Fight/destinyファイト・デスティニー〉を起動する。

そして対象を選択して、バトルスタートのボタンを押した。


「今から吠え面を見るのが楽しみだわ」


そう鞭野瑪瑙は言うと。

言葉を返す様に、遠崎識人が告げる。


「あまり期待するなよ、これが終わったら、嫌でもする事になる」


二人が軽口を叩いた後。

両者共に視界が暗転する。

意識没入型のVRゲーム〈Fight/destinyファイト・デスティニー〉は、自身がゲームのアヴァターとなって戦闘を行うゲームだった。



目を開く鞭野瑪瑙。

周囲を見回すと、緑が生い茂る空間だった。


「(ラッキー、森林エリアっ)」


鞭野瑪瑙は内心喜んだ。

彼女が操作するアヴァター。

その名前は〈フリークスショーマン〉と呼ばれる。

ゲームエリア内に存在するモンスターを支配、調教する事で、自分の命令を忠実に聞くフリークスを育成する事が出来る。


「(このエリア内ならッ、ゴブリンかウルフが居る筈、手始めにそいつらをテイムしてレベルを上げないと)」


Fight/destinyファイト・デスティニー〉はアヴァターやモンスターを倒して経験値を稼ぎ、レベルを上げてスキルの取得とランクアップをしながら強化していくゲームだ。

いち早くレベルを上げる事で、他のアヴァターとの性能に差を付ける。

そうする事で、より簡単にアヴァターを倒す事が出来るのだ。


「(このエリアは安置内だから、暫くはここで経験値稼ぎとモンスターのテイムを徹底しないと…あ、早速、ゴブリンを発見)」


と、モンスターを探していた鞭野瑪瑙。

しかし、そのゴブリンは何処か様子がおかしかった。

具体的に言えば、他のゴブリンよりも背が低い。

そして、その手に持つ武器は紫色に汚れていた。

近くには、通常サイズのゴブリンが転がっていた。


「え…?」


彼女の方を振り向くゴブリン。

それはモンスターでは無かった。

アヴァター名〈ミニマムゴブリン〉。

通常のゴブリンよりも背が低いが、敏捷が高いアヴァターだ。


「な、なんでッ、明らかに、適性が違うでしょッ!?」


そう鞭野瑪瑙は叫んだ。

此処で、偶然にもミニマムゴブリンと出会った事よりも。

それを操る遠崎識人が、何故、自分の体格と別のミニマムゴブリンを操作出来るのか不思議だった。


「(ミニマムゴブリンは速度が速い、最初に取得した〈共食いカニバリズム〉で同種を捕食する事で一時的に能力値を上昇させる)」


装備、〈石器の刃ストーンブレード〉を構える。

一気に接近して、鞭野瑪瑙へと目掛けて突進する。


「は、ッ(早いッ)」


そう思いながらも、フリークスショーマンの装備〈躾の鞭スラップウィップ〉を振るい、ミニマムゴブリンを攻撃しようとするのだが。


「(鞭の動きは防御よりも回避の方が良いが…当たってもライフパーセンテージが減るだけ、致命傷にはならない、人界種族のアヴァターは、人間と同じ弱点を持つ)」


鞭を受けながらも疾走を止めないミニマムゴブリン。

地面を蹴って飛び込むと共に、石器の刃でフリークスショーマンの喉に突き刺した。


「が、あッ…!(うそ、致命傷、な、こんな、早く、そんな、ッ!そんな、筈ッ)」


地面に倒れるフリークスショーマン。

ミニマムゴブリンは喉に突き刺さる石器の刃を引き抜く。

そして、いち早く殺す為に、今度はフリークスショーマンの胸元に石器の刃を突き立てた。


「が、ッはッ、や、やめッや、てッ、ら、らいふ、がッ」


何度も何度も突き刺さる。

肉体に異物が挿入される不愉快な感覚が流れ込む。

そうして、石器の刃で七回程突き刺した後、フリークスショーマンは致命傷によって絶命、ポリゴンの結晶となって、無惨に散った。


余りにも早い展開だった。

ミニマムゴブリンを操作する遠崎識人は、視界に映る『VICTORY』の文字を見ながら両手を挙げる。


「やった」


と、とても喜んでいる風に見えないが、そのように言うのだった。

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