第50話 レストラン『フェンリルの憧憬』

 こうして料理をアイテムボックスから出した途端、全員のお腹が鳴り、香りを嗅いで「知らない料理ですね」と口にしていた。

 それもそうだろう。

 こちらにしてみれば異世界の調味料を馬鹿にしてはいかんよ。



「中華スープとオーガ肉の甘辛炒めにサラダ、後はパンとなります。では、頂きましょう!」



 さて、どんな反応が来るのか……でも相手は料理人だもの、覚悟はしないとね!

 恐る恐る中華スープを口に運んだ皆さんは、カッと目を見開きスープの味を堪能中。

 一応獣人は味がペットの餌と同じで濃いのは苦手と言うのは知っているので、それなりに素味に作っているけれど、どうだろうか。



「こ、これは……」

「何でしょう……後から来るこの旨さ」

「それは、旨味と言う味覚ですね」

「「旨味」」

「1度食べるとやみ付きになっちゃうでしょう?」

「これはなりますね……これを俺達も作れるようになるでしょうか」

「ふふ、作れるように指導します。ご安心を」



 そう言えば歓声が上がり、皆お代わりをしまくって食べている。

 パンに関しても「これは今まで食べたことない甘みのあるパン!」と驚いていて、兄とヴィーザルは何度も頷いていた。

 サラダもバクバクと食べて貰い、一通りのメシウマな顔が見られただけでも満足だ。



「いやはや……こんな旨い料理は……俺達でも作るのは難しい」

「恐れ入りました」

「いえいえ、実は少しですが、こういう料理も残ってまして。1人一口分しかありませんがどうでしょう?」

「「頂きます」」



 そうしてビーフシチューを出してサル獣人の皆さんに一口ずつ飲んで貰うと、こちらも味の深さに驚かれ、「色々な野菜のうまみや肉のうまみがあるのに1つにまとまっている」と感動しきっていた。



「肉料理も何もかもが新鮮で味わい深い物でした……」

「これは確かに、作るのに人数は必要でしょうね」

「そうなんですよ。私も作る時はヴィーザルからレアスキルを借りて作ってくる来で、人数が居るんです」

「「「でしょうね」」」

「その上で提案します。これらの料理、それこそ私が作る料理をある程度覚えて貰い、店を作ろうと思っています。その厨房を貴方がたに任せたいんです」



 これには喜びの表情を浮かべる皆さん。だけど「でも、我々はサル獣人ですが……」と口にしたのは誰だろうか?



「安心してください。私サル獣人に対して差別的な気持ちは微塵も全くありませんので!」

「「全くない」」

「それを考えれば、どこのオーナーの元で働くにせよ、私が一番やりやすいと思いますが?」

「それは有難いです……。今までのオーナーはサル獣人と言うだけで給料も少なく……」



 その後、大体の調理人たちの相場の値段を聞き、それならば2倍の給料を支払う事を伝えると驚かれたが「その為にはシッカリマスターして貰いますよ!」と伝えると、涙を拭いながら「ありがとうございます」と口にしていた。


 こうして暫くの間、それこそ1か月で3つのスープを極めて貰う事にし、その他肉料理も、ただ焼いただけのステーキではなく、味付けとうまみのある料理を覚えて貰う事になった。

 その1か月の間は、出来上がったスープ類やお菓子類なんかを「今度料理店を開くので、その際の料理の試作品です」と、冒険者ギルドに持って行き無料で食べて貰った。

 だって孤児院の子供達や私たちだけでは食べ切れないからね。

 良い宣伝になったと思う。


 その間兄たちは冒険者を続けていて、依頼があれば討伐に出かけていたし、魔力溜まりを見つけると兄が試行錯誤を続けて、魔力溜まりを打ち払うまでに成長していた。

 これで私の女神化は随分と遠ざかるだろう。

 良きことである!



「ん、皆さん上達しましたね! そろそろ私も本格的にお店の場所とお店のオープンする日を決めましょうか」

「ついにですか!」

「俺達の料理でこのウエスタンに新しい風をブチあてる日が来たんですね!」

「ふふふ! 一応お店の名前は決めてるんですよ。【フェンリルの憧憬】って言うんですけど」

「良い名前ですね。フェンリルさえも憧れる味と言う訳ですか」

「そうですね」



 憧憬とは憧れって意味もあるけど、遠く高い目標や理想に心を寄せ、それを追い求める心情を表す言葉。誇り高いフェンリルが使うにもいい言葉じゃ無い?

 私は美味しい食事を追い求める……。

 その為には、この世界の食の改革が必要と判断した。

 キッチリとメスを入れてやんよ……料理の旨さは塩コショウだけじゃないってね!


 ちなみに使っている調味料に関しては緘口令を発動させた。

 これは神との約束となり、決して誰かには伝えたり話したり文字にしたりも出来ない。『神々の世界のモノです』と言えば、おいそれと口にも出せないのだ。

 獣人達は、神々の食べ物を教えている私が正に神に等しく、緘口令を出したならそれに従うのが道理なのだとか。



「では、お店の場所と接客や皿洗いの人雇ってきますので」

「お願いします」

「楽しみにしています」

「はい、行ってきまーす」



 そう言うと私は1人商業ギルドに向かい、レストランをするにあたり、良い物件を買い取りたいことや、店員と皿洗いをする人を雇いたい事も伝えた。

 すると、以前サル獣人達と料理店で仕事をしていた人たちも結構いて、彼らを雇う事に成功。

 ただし、サル獣人への差別は絶対に許さない事も伝えた。


 お店は商業ギルドの真ん前にある店舗が丁度空いたばかりらしく、広さもあったのでそこを購入。無論ニコニコ現金払いで、更に中をレストランっぽく改装して欲しいと追加料金も支払った。

 業務用冷蔵庫なんかはこの世界にもある為、それを使用。

 お高いらしいが、私たちの稼ぎならなんてことはない値段だった。

 それまでに野菜や必要な食器類を揃えたい為、改装に4日とその他の事で3日貰い、1週間後のオープンを目指す。


 何事も1つずつ。

 まずはウエスタンから始まり、徐々に広げていくのだ。

 美味しい料理の為ならば少しの時間は待とう!

 加入店になりたいというのなら、店そのものを買い取ろう。

 下賤なやり方?

 女神回避には最高じゃないですか!


 こうして、1週間後のオープンを目指すことになった事も伝え、後はやるべき最終調整も終わり、オープンを待つのみとなった。

 個室も数部屋あるお店となる為、お祝い事なんかをする人たちには丁度いいだろう。

 お値段は給料や諸々差し引いてもプラスが出るように調整。


 お肉に関しては、今の所兄たちが取ってくるオーク肉だのオーガ肉だのと言ったものが主流にはなりそうで、月に1回だけ肉が全てドラゴン肉になる日を作った。

 絶対売れる。

 

 守銭奴? 良い響きですね?

 私は客寄せドラゴン肉があればいいと思っただけですよ?

 だって、生まれ育ったあのエリアでは無数にドラゴンわくしね。

 サトリちゃんとお爺ちゃんのストレス発散にもなって一石二鳥!


 そしてオープン当日、満員御礼の冒険者さん達が沢山だったけれど、口伝てに伝わって庶民にも広がり、料理関係者にも伝わり、それは大きな波となって広がっていくのはまた別の話で。

『フェンリルの憧憬』は、領主の耳にも入り、会議や会合をする際には貸し切りが行われる程の有名店になるのは、もう少し後の事。


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