終章
死ぬかと思った、とハディスが
「いや、むしろ死んだ。君は
「謝ったじゃないですか。それに、わたしの話を最後まで聞かずに心臓止める陛下だって悪いと思います」
「だったら僕が好きか!?」
「それも何回聞くんですか。わたし、ちゃんと告白しましたよね?」
「た、確かに、君が『陛下、好きだから目をさましてください』って言ったのは、花畑で聞いた……でも、都合のいい
「合ってますよ、好きだってそう言いました。花畑は
「本当か!? 幻聴じゃないな!? 僕が好きだな!?」
「だから一日に何回……そんな顔で見ないでください。はいはい、好きですよ」
「またやってんのかよ」
寝台
「だってラーヴェ、ジルの態度が冷たい! 本で読んだのはこんなのじゃなかった!」
「本と現実は違うんだよ、いい加減学べ」
「そんな……僕なんて毎晩ジルにふられる悪夢に
「ああ……それで陛下、夜中にわたしにぎゅうぎゅう
「ほらこの言い方! 何かがおかしい。君は本当に、ほんとーに僕が好きなのか!?」
「じゃあ陛下はどうなんですか」
「えっ」
「そ、それは……もちろん……………………す……す」
そのまま何やらもごもご言おうとしてできず、せわしなくまばたきを
「……今ちょっと、言い方を考えるから。かっこいいやつ」
ラーヴェが林檎をもぐもぐしながらジルを見あげる。
「だめだこりゃ。なんかごめんなー」
「いえ、態度はとてもわかりやすいですし、これなら当分無害そうで安心してます」
「その言い方もひどい、男として傷つく……」
顔だけ布団から出したハディスがいじけ始めたので、ジルは話を変えることにした。僕だってできるとか言い出したら
本当にやればできる男なのはもう知っている。
「陛下、これおいしいですよ。
「すごい量ですね。住民の皆さんから、陛下へのお見舞い」
「あー。この
「寒くなるから
見舞いの品から見つけ出したショールを、起き上がったハディスの
「……そうか。僕の体調を
「よかったですね。
ベイルブルグは燃え落ちなかった。北方師団は住民達とうまく
まだベイルブルグだけだろうが、大切な一歩だ。ベイル侯爵が生きていたことも相まって、皇太子の連続変死も何かの
(少しずつでも、いいように変わっていければいい)
クレイトスとの対立だけはどうしようもないが、それも私的な
「そうだな……いや、おかしい。僕がふられて支持されてるのはおかしい」
「知ってるか、この町の住民が今、皇帝陛下に望むことは『一刻も早くジル様と
「……
「帝都に行けばどうせそんな声はなくなるでしょうし、いいじゃないですか」
帝都からの
「……兄上、君とのことを
「平気ですよ。この指輪がある限り、わたしが妻ですし」
対外的にはどうであれ、ジルは
「……君が強すぎて、やっぱり夢なんじゃないかって気がしてきた、色々」
「なんでそう話をこじらせるんですか」
「だって君が僕を好きなんて……」
すまし顔のジルの顔を、ハディスが
「見えませんか?」
「……。見える、ような、見えない、ような……いやだって女神を折ったんだぞ、好きでもない男のためにそこまでするのか? できないだろう! ……はっ、まさか、そうやって僕をもてあそぶつもりでいるのか……!?」
「陛下、そろそろ薬の時間です」
「やっぱり以前にも増して対応が冷たい!」
そりゃあそうだ。甘やかさないよう、言動にはとても気をつけている。
「ラーヴェ。どう思う。ジルは本当に僕を好きだと思うか?」
「つきあってられるか、アホらし。外で食ってくる。この馬鹿の
「お前……僕を見捨てる気なら、女神の
「折れるわけねーだろ、俺は
意外な方向からの
決してにぶくはないハディスが、窓の外に消えたラーヴェからこちらへと視線を移す。
平静を装い
けれど、金色の
「……」
「……」
「……。あの、陛下。もうそろそろ、お休みになったほうが」
「ジル。君は僕に名前を呼ばないと怒ったが、もしかして君が僕の名前を呼ばないのも、同じ理由じゃないか? ──決して
ほんのわずかに
「そうか。ちょっと自信が出てきた。うん。君は僕が好きで、僕も君が好き。両思い。君は僕が好き。僕も君が好き。君は僕が」
「わ、わかりましたから、繰り返さないでください……! わっ」
口をふさごうとしたら
「僕が好きか?」
期待をこめた
まだ聞くのかと流すことはできない甘い
「し、しつこいです、陛下」
「ふぅん。さっきは言えたのに、今は言えないくらい僕が好き?」
「──っわかっててやってるでしょう、陛下!」
子ども相手に大人の男がやることではない。
そばにあった大きな
「もうっ陛下! あんまりふざけてばかりいると、怒りますよ!」
「ラーヴェには
「僕はたぶん、そんなに未来を信じてない。幸せ家族計画なんて、夢物語だ。女神にいいようにされたくなくて、ラーヴェを悲しませたくなくて、立派な
「僕は僕を信じられない。でもこんなこと、ラーヴェに言えない」
明るさの下に
(わたしに、だけ)
本当は怒るか悲しむかすべきなのだろう。だが、これはジルだけの特権だと思うと、甘い
「わかってるのに、君まで巻きこんだ。しかも、助けてほしいと思ってる。最低だ」
「そ──そんなことないです、陛下はちゃんと
「でも、君が好きだ」
ひっとジルの
そうすると、ますます強く抱き
「……
「べ、べつに、わたしはっ逃げるつもりはっ」
「でも、顔は見ないでくれ。みっともないから……好きな子の前ではかっこよくいたい」
かすれた声で切なくささやかないでほしい。
(っていうか十歳相手にいきなり本気を出してくるな! それとも
いつも忘れそうになるが、やればできる男すぎて困る。
「ただ正直……十歳の君にこういう気持ちを
そして一気に台無しにするのも、相変わらずうまかった。
ただ、今はちょっとだけほっとした。あのまま続けられたら
「ですよね! なら、今日はこの辺で」
「でも君が好きだし、好きだって言われたい……」
再度あげてきて、ちょっと弱気に甘えてきた。
「そ、そんなことわたしに言われても、ですね……陛下は大人なんですから!」
「大人なんて年をとっただけの子ども」
「そうやって言い訳せずに頑張ってください! わたし、陛下に期待してますから……!」
「そう言われると弱いな。ただ、君が子どもでよかったと思うこともあるんだ。これから綺麗になっていく君を、ずっと見ていられる。でも、ちょっと不安だな。君は美人になるだろうから、きっと
うう、と頰を赤くしてジルは
「でも君が好きだって言ってくれたら、ちゃんと待つ」
ハディスは
なんだろう、この甘いだけの責め苦は。まさかこれも戦いか。愛は戦争って本当だった。
(──だめだ、ここで告白は無理! ハードル高い!)
「きょ、今日はもう打ち止めです! 言うのは朝昼晩一日三回までって、今決めました!」
「待たなくていいのか? 君、意外と積極的だな。どうしよう」
「違います!
「
「わっわたし、陛下を甘やかさないって決めたんです!
気づいたら、当然のように
さっきまで
きっと、世界中のどんな菓子よりも甘い。
「人目がないならいいなんて、君、可愛すぎる」
完全に固まったジルが声も出せないでいるうちに、ハディスが真顔で言った。
派手に
「愛なくして
でも人間は理で解せない生き物だから、それでいい。
だからこそ、ラーヴェが見守るのだ。
この街並みも人も海も国も大地も空も、愛という理が続く限り。
やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中 永瀬さらさ/角川ビーンズ文庫 @beans
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