第3話

よく知った道。よく知った匂い。よく知った音。昨日まで体験していたのに、まるで遠い昔のように思い出される。康人は4本の足を素早く動かしながら自宅へ向かった。

何千回も開けたことのある扉が見えてくる。家の前まで来た康人は扉を開こうと試みるが、猫の力では叶わない。カーテンの閉められた窓も鍵がかかっているのか、ビクともしない。もどかしさを抱えながらも、康人は一つの案を思いつく。

「あの女性なら…もしかしたら…」

康人は自宅を一旦後にして、来た道を辿った。

リンは飛び出してきた家の前についたが、どうやら飼い主は外に出てしまっているようだ。ただ、今は待つことしかできない。気が遠くなるような時間を過ごしながら、辺りが闇に飲まれて来た頃、背後から声がした。

「リンくん!勝手に外出ないでよー。心配するよ。帰りに沢山探して帰ってきたのに、こんな所にいるなんてね。」

女性はリンを持ち上げると、家の中へと入っていった。と、突然リンが何度も鳴き出した。

「どうしたの、リンくん?」

康人は必死に女性に向かって鳴き続けるが、考えが伝わるはずもなく、いくら扉を引っかいても、玄関から遠ざけられるたけだった。どうしても伝えたい康人の思いは一晩中実現しなかった。

次の日。

同じように康人が女性に訴え続けると、ついに応えた。

「どこか行きたいの?」

すると、扉が開き外へ出ることができた。そして、女性に向かって鳴き、道を誘導するように自宅へと向かった。

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