沈んでいくばかりの物語

文字を打つ軟体動物

本文

 どぷり。


 際限なく広がる黒い海に、沈んでゆく。


誰が?


 多分、僕だ。


何故だ?


 さっぱりだよ。


なぁ、終わった物語がどこへ行くか知ってるか?


 知らないよ、多分。


終わることなく続いてしまう、そんな物語にすら便宜的な終わりが訪れるだろ?

終わってしまった物語はな、捨てられるんだ。

黒い、ただ真っ黒いだけの、際限なく広がるこの海に。

捨てられて、沈んでいくのさ。


 じゃあ僕は、僕の物語は、終わったんだね。


沈んでいる最中に意識を保っていて、その口ぶり、お前はどっかの主人公だったんだろ?


 そう言う貴方は?


消費すらされなかった悲しき物語の、しがないちっぽけな脇役さ。


 ここで永く意識を保っているような、そんな口ぶりだったので、何かあるのかな、と。


はは、俺は……沈めないんだよ。

まだ役割がある、みたいな感じがするんだ。

なぁ、その役割を果たすまで暇なんだよ。

お前の物語でも聞かせてくれないか?


 いいですけど、つまらないものですよ。

 話すには短いし。


そんなもんでも、暇つぶしにはなる。

ぜひ語ってくれ、主人公さんよ。


 僕が主人公だなんて言えませんよ、僕以外が主人公かって言われたらまぁ、違いますけど。


いいから、早く話してくれよ。


 よくある話ですよ、いじめを苦にした高校生が、飛び降り自殺をするだけ、それだけの。


なんだ、本当につまらねぇな。

復讐すらしないなんて、物語としてどうやって成り立たせたんだこりゃ。


 落ちていたはずの僕は、沈んで、沈んで。

 ひとりで沈み続けて、どうなるんですか?


さぁ、わからんな。


 そうですか。


俺は沈んだことがないもんでね。


 貴方も一緒に来たりしませんか、なんて。

 僕もきっと寂しくなってしまうでしょうし。


そうだな、俺達に手があるかもわからんけど……とりあえず、そっちに引っ張ってくれや。


 はい、こうでいいですかね?


ああ、本当に沈める。

くだらない役割なんかに縛られず、先にこうしとけばよかったな。


 このまま、あてもなく沈み続けて、どうなるかはわかりませんよね。

 暇な時間、貴方も他の人から聞いた物語を語ってくれはしませんか?


いいだろう、そうだな。

最初に話すのはこれにしよう。


 楽しみです。


これは、あるかもわからない底を目指す、そんな宛もない物語。

二人の登場人物が、沈んでいくばかりの物語さ。

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