第11話 商業都市へ⑥

 馬車の揺れが徐々に収まり、遠くに見える街並みが視界に広がった。勇次たちは、商業都市への道半ばにある中間地点の街にたどり着いた。この街は、旅の疲れを癒すための休憩地点として多くの旅人が立ち寄る場所であり、街中には賑やかな市場や宿屋が軒を連ねていた。馬車が街の入口に差し掛かると、御者が静かに馬を止め、勇次たちに一日の休憩時間が与えられることを告げた。


「この街で一日休むことにする。疲れを癒すのはもちろんだが、商業都市に向かう前に準備を整えておくのがいいだろう。」御者の言葉に、勇次たちは感謝の意を示しながら頷いた。


 馬車を降りると、勇次はすぐに街の雰囲気を感じ取った。市場では商人たちが声高に商品を売り込んでおり、道行く人々の笑顔が絶え間なく続いている。この活気に満ちた空気は、彼らの旅に新たな力を与えてくれるかのようだった。


「さて、高橋、ダイヤモンドを売りに行こう。ここで資金を補充しないと、商業都市での活動が厳しくなる。」勇次はウイングの強化が進んだものの、資金が乏しくなってしまった現実を改めて痛感していた。


「了解です、先生。売り先の宝石商を探しましょう。」高橋はウイングの強化に尽力したばかりだが、その表情には疲労の色は見えなかった。彼女の手によって生成されたダイヤモンドは、精巧で美しい輝きを放っており、商業都市でも高値で取引されることが予想された。


 二人は市場を抜け、街の中心部にある宝石商が集まる通りへと向かった。そこには豪華な装飾を施した店が立ち並び、外観からもその繁盛ぶりが窺えた。一軒の店の前で立ち止まった勇次と高橋は、その店の豪華さに少し圧倒されながらも、決意を新たにして店内に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ。お探しのものがございましたら、お申し付けください。」店内に入ると、品の良い服装をした店員が二人を迎え入れた。店内には、煌びやかな宝石が美しく陳列されており、その一つ一つが高価であることは一目瞭然だった。


「こちらのダイヤモンドを見ていただきたい。」勇次は高橋が生成したダイヤモンドを慎重に取り出し、店員に手渡した。その瞬間、店員の表情が一変し、真剣な眼差しでダイヤモンドを観察し始めた。


「これは…素晴らしい品質ですね。どちらで手に入れられたものですか?」店員の声には、驚きと興味が混じっていた。高橋が作り出したダイヤモンドは、その透明度と輝きにおいて他の追随を許さないものであり、その価値は明らかに高かった。


「我々の旅の途中で、特別な技術を用いて作り出したものです。売却を考えているのですが、いくらで買い取っていただけますか?」勇次は冷静に話し、店員が示す価格を待った。


 店員はしばらくの間、ダイヤモンドをさらに詳しく鑑定していた。その後、彼はゆっくりと顔を上げ、二人に向かって深く頷いた。「この品質であれば、相当な価格での取引が可能です。こちらでご提案させていただく価格は…金貨20枚になります。」


 その提示価格に、勇次と高橋は驚きを隠せなかった。道中での苦労が報われる金額でなく、これでは商業都市での活動資金が十分に確保できないことを意味していた。


 しかし、勇次は一瞬の逡巡の後、何かが引っかかる感覚を覚えた。高橋が作り出したダイヤモンドがこれほどの品質であるにも関わらず、提示された金額が予想以上に低いことが気になったのだ。


「少し考えさせてください。」勇次は店員にそう告げ、ダイヤモンドを再び受け取ると、高橋と共に店を後にした。


「いや、ただこのダイヤモンドの価値をもっと正当に評価してくれる場所があるかもしれないと思っただけだ。もう一軒、他の店を見てみよう。」


 二人は再び街の通りを歩き始め、次の宝石商を探した。しばらく歩いた後、豪華な装飾が施されたさらに大きな店が目に入った。店の前には立派な看板が掲げられており、その繁栄ぶりが一目でわかる。


「ここなら…」勇次は意を決して店内に足を踏み入れた。内装はさらに豪華で、数多くの宝石が美しく展示されていた。店内の空気は落ち着いていて、豪奢な装飾が目を引く。


「いらっしゃいませ。当店は最高品質の宝石を取り扱っております。」品の良い声で迎えられた二人は、その丁寧な接客に一瞬驚いた。


「こちらのダイヤモンドを見ていただきたいのですが。」勇次は先ほどの店と同様に、慎重にダイヤモンドを差し出した。店員は目を細めてそれを受け取り、真剣な表情で鑑定を始めた。


 しばらくの間、店員はダイヤモンドを光にかざしたり、様々な角度から観察したりしていた。そしてついに、彼は顔を上げて静かに告げた。「素晴らしい。これは非常に高品質なダイヤモンドです。ただし…即金でお支払いできる金額は限られております。当店での最大限の評価で、金貨500枚となります。」


 その言葉に、勇次と高橋は再び驚きを隠せなかった。金貨500枚は先ほどの店の価格の25倍に相当するが、それでも即金で支払える金額としては限られているという。


「500枚か…」勇次はその金額を頭の中で計算し、必要な資金を確保できるかどうかを慎重に考えた。


 金貨500枚であれば、商業都市での活動資金としては十分に足りるかもしれない。しかし、このダイヤモンドの真の価値からすると、それでもまだ安すぎると感じる部分があった。


 だが、今の状況で時間を無駄にするわけにはいかなかった。勇次は腹を決めた。


「その金額で取引させていただきます。」勇次は店員に向かって毅然とした態度で告げた。店員は満足そうに頷き、金貨500枚を準備し始めた。


 取引が無事に完了し、金貨を手にした勇次と高橋は、再び街の賑わいの中へと戻っていった。


「これで、ウイングのさらなる強化と、商業都市での活動が順調に進められますね。」高橋はようやく安堵の表情を見せた。


「ああ、これから先も気を抜かずに進もう。まだ長い道のりが待っている。」勇次は高橋に微笑みかけ、二人で市場へ戻っていった。今後の旅がどれほどの困難を伴うかはわからないが、彼らの決意は一層強固なものとなっていた。


あとがき

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