第10話 商業都市へ⑤

 馬車が再び動き出し、森を抜けた後、勇次は新たに手に入れたウルフの魔石を手のひらに載せ、じっくりと観察していた。魔石は冷たく硬く、その内部には微細な光の粒がちらちらと揺らめいていた。その光は、魔石がただの石ではなく、生きた力を秘めていることを物語っているかのようだった。勇次は、この魔石を先ほどの戦いで傷ついたウイングのさらなる強化に役立てる計画を頭の中で練り始めた。彼の心には、次の戦闘で確実に勝利を掴むための強い決意があった。


「中村、少し手を貸してくれないか?」勇次は馬車の中で中村を呼び寄せた。中村はその呼びかけにすぐ反応し、真剣な表情を浮かべながら勇次の隣に座った。彼女は、勇次が何か重要なことを頼もうとしているのを直感で察していた。


「どうしましたか、先生?」中村が尋ねる。


「この魔石を鑑定してみてくれないか?強化の前に、その状態を確認しておきたいんだ。」勇次は、彼女のスキルを信頼していることを声に込めて伝えた。


 中村は頷き、慎重に魔石を手に取った。彼女の手の中で、魔石は微かに震えているかのように感じられた。まるでその内部の力が彼女に向かって何かを語りかけているようだった。中村は、スキル「鑑定」を発動させ、魔石に意識を集中させた。彼女の視界には、まるで内側から透視するかのように、魔石の内部構造が浮かび上がってくる。


 しばらくの沈黙が続き、魔石の光が中村の瞳に映り込んでいた。やがて彼女は、慎重に言葉を選びながら口を開いた。「先生、この魔石には微細な綻びがあります。魔力の流れが少し滞っているようです。でも、全体としてはまだ使える状態です。」


 その報告を聞いた勇次は考え込んだ。魔石の綻びがウイングの強化に悪影響を与える可能性がある。しかし、これは解決できない問題ではない。勇次の頭の中には、すぐに対策が浮かんでいた。


「なるほど、ありがとう。じゃあ次に、他の魔石から魔素を補完して、この綻びを修復しよう。」勇次は慎重に言葉を選びながら、次のステップを説明した。中村が魔石を手渡すと、勇次は馬車の中に散らばった他の魔石を手に取り、再び座り直した。彼は、この魔石の修復には高橋のスキル「原子操作」が必要だと考えた。


「高橋、頼めるか?」勇次は高橋に視線を向けた。高橋はすぐに頷き、再び魔石を手に取った。彼女の手の中で魔石は再び静かな輝きを放ち、その中に潜む力が高橋の指先に伝わっていく。


 高橋は細心の注意を払いながら操作を開始した。彼女のスキルは、物質の構造を原子レベルで操作するものであり、魔石の綻びを修復するため、他の魔石から魔素を抽出し、綻びの箇所に注ぎ込む作業に取り掛かった。彼女の手元で、魔素が緩やかに移動し始める。その動きは非常に精密で、まるで魔石自体が新たな命を吹き込まれるかのように、徐々にその綻びが癒されていった。


 勇次はその様子を見守りながら、何度か息を飲んだ。高橋の技術は見事で、魔石の修復が進むにつれて、その輝きが一層増していくのがはっきりと分かった。


「できました…。」高橋が静かに息を吐きながら言った。彼女の額には薄っすらと汗がにじんでいたが、その表情には満足感が溢れていた。勇次は修復された魔石を手に取り、しばらくの間、その光を見つめていた。光は温かく、魔石が元の力を取り戻したことを示していた。


「素晴らしい出来だ、高橋。これでウイングもさらに強化できるだろう。」勇次は高橋を褒め、彼女の技術に感謝の意を込めた。高橋は少し照れくさそうに微笑んだが、その目には達成感が漂っていた。彼女のスキルが、これからの冒険において重要な役割を果たすだろうと、勇次は確信していた。


「さて、この魔石をウイングに組み込んでみようか。」勇次はウイングを取り出し、新たに強化された魔石を慎重にその内部に組み込んだ。魔石がウイングに吸い込まれるように収まり、ウイング全体が一瞬だけ強く輝いた。


 勇次は最後の確認として、ウイングに搭載されたコイルで魔力を充電できるかどうかを確かめることにした。ウイングの内部に流れる魔力のエネルギーがスムーズに流れるか、勇次はその手応えを感じながら慎重に操作した。コイルの電力は魔石にしっかりと吸い込まれ、そのエネルギーが増幅されてウイング全体に満ち渡るのを確認した。


「問題ない、充電も完璧だ。ウイングの出力は以前よりも確実に上がっている。」勇次は満足げに頷き、再びウイングを収納した。しかし、これで作業は終わりではなかった。もう一機のウイングも同様に強化する必要があった。


 勇次は次の魔石を手に取り、その状態を中村に再度鑑定させた。中村は再びスキルを発動し、魔石の内部を確認する。「この魔石も、先ほどと同じように微細な綻びがありますが、修復は可能です。」中村の報告を受け、勇次は同じ手順で修復作業を進めることに決めた。


 再び高橋が魔石を手に取り、同じように魔素を移動させ、綻びを修復していく。彼女の指先が魔石を包み込むたびに、その輝きが強まり、魔石はまるで新しい命を得たかのように輝きを増していった。勇次はその作業を見守りながら、ウイングのさらなる強化に向けた期待を胸に抱いていた。


 最終的に、もう一機のウイングにも強化された魔石が組み込まれ、同様に充電が行われた。勇次は再び魔力の流れを確認し、出力が増強されていることを確認した。これで、二つのウイングは共に強力な武器として機能する準備が整った。


「これで完了だ。次の戦いでも、きっと役に立つはずだ。」勇次は再び満足げに頷き、二つのウイングを慎重に収納した。これから先の冒険がどれほど過酷なものになるかは分からないが、彼はこの準備が必ずや彼らを守る力になると信じていた。


 馬車の中は再び静寂に包まれたが、その空気には緊張感と同時に、確かな連帯感が漂っていた。勇次は新たに手に入れた強化されたウイングを握りしめながら、次の目的地に向かって馬車が進む音を静かに聞いていた。


あとがき

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