第9話 商業都市へ④

 翌朝、まだ夜の余韻が残る薄暗い空の下、勇次は静かに目を覚ました。昨夜のウイングの強化が成功したことに満足しつつも、心の片隅に次の戦いへの不安が潜んでいた。しかし、その不安が彼の心に影を落とす前に、彼は布団から抜け出し、冷たい朝の空気を深く吸い込んだ。


 宿の外に出ると、村はまだ静まり返っていたが、一部の人々はすでに活動を始めていた。市場では、早朝から農民たちが新鮮な野菜や果物を並べ始め、商人たちは自分の商売を広げる準備を進めていた。勇次はその様子を眺めながら、今日が新たな一日の始まりであることを強く実感した。彼は自分のウイングが、これからどのような状況でも彼らを守ることができるようにと、心の中で祈った。


 宿に戻ると、護衛のガイがすでに武装を整え、出発の準備を進めていた。彼の動作は正確で無駄がなく、長年の経験がにじみ出ていた。「おはよう、先生」とガイが勇次に声をかけた。「昨夜はよく眠れたか?」


「おはよう、ガイ」勇次は穏やかに微笑んで答えた。「ウイングの強化が無事に終わったおかげで、少しは安心して眠れたよ」


 ガイは軽く頷き、他の護衛たちにも目をやった。「それは何よりだ。今日はまた長い一日になるだろう。昨日と同じように、気を引き締めて進もう」


 その時、宿のドアが静かに開き、寝ぼけた顔の高橋と中村が姿を現した。彼女たちはまだ眠そうだったが、徐々に目が覚め、今日の冒険に備えるために気を引き締めていた。「おはようございます、先生」高橋が挨拶すると、勇次は彼女に優しい微笑みを返した。「おはよう、今日はしっかりと食事を取ってから出発しよう」


 朝食を終えた後、勇次たちは村の広場に集合し、準備が整った馬車に乗り込んだ。御者が手綱を引き、馬車は再び動き出した。村を出ると、道は再び森の中へと入り、木々が密集する薄暗い道を進むこととなった。木々の隙間から漏れる朝の光はかすかで、森全体が霧のような静寂に包まれていた。


「この辺りは魔物の出現率が高い」とガイが前方を睨みながら警告した。「特にウルフの群れが巣を作っていると聞いたことがある」


 勇次はその言葉に頷き、いつでもウイングを展開できるように準備を整えた。森の中は静かで、風が木々を揺らす音と時折聞こえる鳥のさえずりが響くのみ。しかし、その静寂の中に潜む不穏な空気が、彼の感覚を鋭く研ぎ澄ませていた。


 突然、前方の木々の間から低い唸り声が聞こえた。次の瞬間、黒い影が森の中から飛び出し、馬車に向かって突進してきた。それは、鋭い牙を剥き出しにしたウルフの群れだった。彼らは光を避けるように、音も立てずに忍び寄り、獲物を狙う目で馬車を囲み始めた。


「来たぞ!全員、戦闘準備だ!」ガイが叫び、護衛たちはすぐに武器を手に取って応戦の構えを取った。ウルフたちは暗闇の中から次々と姿を現し、その数は予想以上だった。


 勇次は冷静さを保ち、ウイングを展開した。新たに強化されたウイングは、以前よりもはるかに安定した力を発揮し、彼の周囲に防御のバリアを形成した。ウルフたちが一斉に攻撃を仕掛けてくる瞬間、勇次はウイングを巧みに操作し、レーザーを放った。


 レーザーはまるで光の刃のように鋭く、ウルフたちの動きを封じていった。ウルフの一体が勇次に跳びかかろうとした瞬間、レーザーが正確にその額を貫き、ウルフはその場で倒れた。護衛たちもウルフたちの猛攻を見事に凌ぎ、次々と討ち取っていった。


 しかし、ウルフの群れは彼らの予想を超える勢いで襲いかかってきた。その中の一体が素早い動きで勇次の隙を突いて接近してきた。勇次は瞬時に反応し、もう一つのウイングを展開してウルフの攻撃を防いだ。ウルフは鋭い牙で勇次を襲おうとしたが、その瞬間、勇次はウイングを使って反撃し、ウルフは一瞬でその場に崩れ落ちた。


 戦闘が終わると、ガイが息を整えながら勇次に近づいてきた。「お見事だ、先生。あのウイング、ますます強力になっているようだな」


 勇次は軽く息をつきながらガイに微笑んだ。「強化が成功したおかげで、なんとかこの程度の敵には対処できた。だが、これ以上の敵となると難しいな」


 護衛たちは戦闘後の後片付けをしながら、倒したウルフたちから魔石を回収していた。ウルフの魔石はゴブリンよりも希少で、取引されることが多い。勇次もその作業を手伝いながら、次の目的地でさらにウイングを強化するための材料を確保することに思いを巡らせていた。


 馬車は再び動き出し、旅は続けられた。森を抜けると、広大な平野が広がり、遠くには次の目的地である宿場町の輪郭が見え始めた。


 勇次は新たに手に入れた魔石をじっと見つめながら、これから訪れるさらなる冒険に胸を躍らせた。彼らの旅はまだ始まったばかりであり、この先には無数の試練と戦いが待ち受けているだろう。しかし、勇次はそれに立ち向かう決意を新たにし、森を抜けた先の広がる景色を一瞬の安堵とともに見つめた。


 次なる強化計画に心を馳せつつ、勇次は目を閉じ、深い息をついた。彼は、これから訪れるすべての困難に立ち向かう覚悟を胸に秘め、再び目を開いた。


あとがき

応援、レビュー以外のコメント(修正案、酷評など)はxにいただけると幸いです。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る