お盆の夜、たかしとお米
なめがたしをみ
白いご飯と涙の味
夕方の柔らかな陽射しが、古びた家の縁側に差し込んでいた。風鈴が静かに揺れ、涼やかな音を奏でている。その音に混じって、おばあちゃんが作った夕食の香りが広がり、たかしの小さな鼻をくすぐった。畳の部屋に響くのは、おじいちゃんの穏やかな声。
「たかし、夜ご飯だからこっちに来んさい」
たかしは、遊んでいたおもちゃを置き、少し浮き立つ気持ちで縁側に向かった。いつもとは違う、特別な何かが待っているような気がした。
「はーい。おじいちゃん、今日のご飯は何ー?」
「今日はな、たかしがお盆で家に遊びに来てくれたから、おばあちゃんにご馳走を用意してもらったんや」
おじいちゃんの優しい声が、たかしの胸にじんわりと染み入った。大好きな夏休みの一瞬が、心の中で輝いていた。
「……この白いの、何?」
たかしは目の前に置かれた皿を見つめ、首をかしげた。皿に盛られた、つやつやとした白い粒が、不思議そうにたかしを見返しているようだった。
「なんや? 見るの初めてか?」
「うん」
おじいちゃんは、少し驚いたようにたかしを見つめた。今や珍しくなってしまったこの食べ物が、こんなに新鮮な目で見られることに、どこか懐かしさを感じた。
「そうか……まあ、一口食べてみぃや。熱いから気をつけてな」
おじいちゃんは、たかしの小さな手に箸を渡した。たかしは慎重に、その白い粒を口に運んだ。
「いただきまーす! ふーっ、ふーっ! んっ! おじいちゃん、これ美味しいよ!」
たかしの瞳が輝き、喜びが溢れた声で伝わる。その反応を見て、おじいちゃんの顔に柔らかな笑みが浮かんだ。
「そうやろ。おじいちゃんとおばあちゃんが若い頃は、みんなこれを毎日食べてたんよ」
「そうなの? みんなって、お父さんもお母さんも?」
「やすしが大きくなった時には、もう高級品になっとったな。ほれ、ウィンナーと一緒に食べてみぃ」
たかしはウィンナーと一緒にその白い粒を口に運ぶ。口いっぱいに広がる風味に、彼の顔がぱっと明るくなった。
「!!!! おじいちゃん! これ、すっごく美味しい!」
「おじいちゃんも小さい頃、その食べ方が好きやったんよ」
たかしの興奮した様子に、おじいちゃんの目じりがさらに下がった。たかしの喜びが、自分の幼い頃の記憶を呼び覚ます。
「これ、毎日食べたい!」
たかしの純粋な願いが、真っ直ぐにおじいちゃんの心に届いた。しかし、その願いがどれほど難しいかを知っているおじいちゃんは、少し困ったような笑顔を浮かべた。
「はっはっは! そうかそうか! でもな、これを毎日食べたかったら、政治家とか会社の社長さんとか……お金持ちにならんといけんわな」
「えー!」
たかしの大げさな反応に、おじいちゃんは再び笑い声を上げた。
「よしっ、じゃあおじいちゃんが一番好きな食べ方を教えたる」
「うん!」
たかしは期待に満ちた目で、おじいちゃんの言葉を待った。
「これの上にな、卵を割るやろ? それで少ーしめんつゆをかけるんや。そうしたら、よく混ぜて……完成!」
たかしは、慎重におじいちゃんの手元を見つめ、その不思議な食べ物の変身を見守った。けれど、その見た目に少し戸惑いを覚えた。
「なんか、見た目が気持ち悪いね」
「はっはっは! そうやな! 初めて見たら気持ち悪いわな! でも我慢して一口食べてみぃ」
たかしは勇気を出して、その見た目に反して美味しそうな香りを放つ料理を一口頬張った。
「!!!!!!!!! んぐっ! はぐっ!」
口の中に広がる濃厚な味わいに、たかしの顔が驚きと喜びでいっぱいになった。
「……美味いやろ?」
「うん! これ……何ていう食べ物なの?」
たかしはその新しい体験に興奮しながら、おじいちゃんに尋ねた。おじいちゃんは少し誇らしげに、でもどこか懐かしさを込めて答えた。
「それはな、お米っていうねん。炊いたらご飯やな。卵をかけたら卵かけご飯や」
たかしはその言葉を反芻しながら、目の前の食べ物を見つめた。そして、たちまち食べ尽くしてしまったことに気づいた。
「すごく美味しい! あっ……もうなくなっちゃった……」
たかしの寂しそうな声に、おじいちゃんは自分の分のご飯を差し出した。「そうか、じゃあおじいちゃんの分もあげるわ」
「いいの?」
「ええよ、ええよ」
その優しさに、たかしは大きな喜びを感じた。そして、ふと何かを思いついたように目を輝かせた。
「そうだ! 僕が大人になったら、政治家とかお金持ちになって、おじいちゃんとおばあちゃんにお米を毎日食べさせてあげるね!」
その言葉に、おじいちゃんの目が少し潤んだ。
「そりゃあ嬉しいなぁ……」
おじいちゃんは、たかしの頭を優しく撫でながら、未来への希望を込めて微笑んだ。
「お米、最高ーっ!!!!」
たかしの無邪気な声が、家中に響いた。その響きは、おじいちゃんの心に深く染み入った。そして、その瞬間、おじいちゃんの頬に一筋の涙が伝った。
「うん……うん……」
おじいちゃんの声は、涙で詰まっていた。けれど、その涙の理由を、たかしはまだ知らない。
「? おじいちゃん? 何で泣いてるの?」
たかしの問いかけに、おじいちゃんは涙を拭い、笑顔で応えようとした。しかし、その答えは言葉にはならなかった。ただ、過去の記憶と未来への願いが、静かに心を揺さぶるばかりだった。
お盆の夜、たかしとお米 なめがたしをみ @sanatorium1014
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