第34話 大火災
教会から続く道の先にある市場が炎に包まれていた。
クロスが振り返ってダイダロスに言う。
「ここを避難所にするから準備を頼む。マルスはそれまでにゴミを片づけておいてくれ。それが終わったらマルスは市場へ、ダイダロスは使い神をかき集めて治療の準備だ。アスクレを召喚しておいてくれ」
神々が一斉に動き出した。
孤児院から駆けてきた牧師に、ありったけの毛布を聖堂に敷き詰めておくように言い、子供たちが出ないようにと念を押したクロスは、あり得ないほどの速さで駆け出した。
「裏町はことのほか密集しているから被害が大きいぞ」
すれ違った男がクロスに告げた。
「怪我人は教会へ! 自分で動けるものはすぐにこの場を離れろ!」
アプロが大きな声で指示を出す。
アテナがアプロに言った。
「ただの火災では無いな。邪悪な気配が濃い」
「おそらくルシファーの炎だ。消すには聖なる泉の水が必要だぞ。アテナ、お前は天使たちを総動員して消火に当たれ。俺は避難の誘導をする」
「わかったわ」
二人のもとにヘルメが来た。
「あの粒はルシファーの細胞だ。冥界の力で燃やされたはずなのに、どうやら自ら体を引き裂いて細胞で身を潜めていたようだな。恐ろしい執念と言うしかない」
「あれが? ということはあいつ復活したのか?」
「ものすごく小型化しているが、一応復活している。ルシファーの奴、トラッドの体に入り込んで教会のすぐ近くまで来ていたんだ。黒い粒の回収が間に合わなかった」
「人間の体に? では宿主は生きてはいまい?」
「ああ、トラッドはルシファーが抜けた瞬間に燃えた」
「当たり前だ。あの炎を宿して耐えられるわけがない」
ヘルメがふと眉をあげる。
「クロスは?」
「裏町がどうとか言って走って行ったよ」
ぐっと苦い顔を見せたヘルメが風のように消えた。
アプロとアテナはそれぞれの役目を果たそうと、躍起になって動いている。
黒い粒を回収し終えてやってきたマルスがアプロに言う。
「ゴミは片づけた。トラッドの屋敷の庭に置いたから、先に浄化に向かってくれ。あそこなら崩れても問題ない」
「わかった」
スッと姿を消したアプロに代わってマルスが避難誘導を始める。
逃げ惑う人々を教会に向かわせながら、マルスは天に向かって声をあげた。
「緊急事態だ!」
するとどこからともなく聖戦士たちが現れ、聖なる泉の水で消火活動を始めた。
「拙いな……冥界の匂いが強まっている」
戻ってきて惨状を目の当たりにしたアプロの肩をポンと叩いた男が言う。
「生きている者は任せる。死んだ者は引き受けよう」
アプロが振り向くと冥界の覇者ハデスが立っていた。
「あれ? おじさん。珍しいね、明るいところに来るなんて。この匂いはおじさん?」
「違うよ。これは邪悪な気配だ。それより非常事態宣言が出ただろ? 緊急召喚だ」
「そうなの?」
「あれはマルスの声だったぞ? 軍神が叫んだから聖騎士が動いたんだ」
「なるほど。ではこちらはマルスに任せて俺たちは裏町に行こう。クロスとヘルメも行っている」
「わかった」
太陽神アプロと冥王ハデスが動きだした。
「助けてくれ!」
燃えた家屋が崩れ、下敷きになった男が叫び声をあげた。
ただの火災であれば一瞬で消火する力を持つ神々も、悪魔の炎を前に成す術もない。
「厄介だな。アプロ、崩れた瓦礫ごと吹き飛ばせ。広場の中央に集めるんだ」
そう言うと冥王ハデスは聖霊達に広場の消火に集中するよう指示を飛ばした。
「わかった。おじさんはクロスを探してくれ。あいつは今人間の体しか持っていないんだ」
「なんだと? わかった。お前はここを頼むぞ」
ハデスが走り出す。
アプロは言われた通りに、燃えている家屋ごと広場へ飛ばし始めた。
「クロス! クロス!」
ハデスが大声でクロスを探す。
「お……おじさん……手伝って」
炎で髪が焼け、神界随一と呼ばれた美貌に大火傷を負いながらクロスは崩れ落ちた屋根を体で支えていた。
「何やってる! すぐに離れろ!」
「ダメだよ。この中に友達がいるんだ。僕が手を離すと死んでしまう」
ハデスが苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「どけ!」
ハデスが天を指さすと、冥界の騎士達が舞い降りてきた。
「どかせ!」
冥界の騎士達は、自分の体が燃えることもいとわず、クロスが支えていた屋根に取り付いた。
「せーの!」
屋根がずれて空間ができると、クロスは迷わず飛び込んだ。
「オペラ! マカロ!」
アプロが来て瓦礫を飛ばすと、何かに覆いかぶさって体を丸めたまま燃えている小さな人間が現れた。
背中はすでに炭化しており、髪の毛もすべて燃え尽きて、すでに人間だったものと化していた。
「オペラ!」
クロスが駆け寄り、まだ燃えているそれを抱き上げた。
その炎はクロスの服を焼き、その胸を炙る。
「こっちだ! 早く来い!」
アプロが叫ぶと、天使たちが聖なる泉の水をクロスに掛けて消火した。
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