第33話 リリベル侯爵令嬢
勢いよく開け放たれた聖堂の扉に、掃除をしていたメイド達の視線が一斉に向いた。
「お前たち! すぐに手を離せ! その場を動くな!」
軍神マルスが地響きがするほどの声をあげた。
怯えた女たちはその場で立ち竦む。
「何事ですの? 私たちは聖なる教会への奉仕者ですわ」
聖画がかかる壁の前を掃いていた女性が声を出した。
見るからに他のものとは違う豪華なワンピースドレスを纏っている。
「お前がトラッド侯爵の娘か」
臆することなく目線を合わせたリリベルがクイッと顎を上げた。
「ええ、私がトラッド侯爵家が娘リリベルですわ。第一王子殿下の婚約者でもあります。あなた方はどちらのご家門かしら? 見慣れないお姿ですわね。異国の方かしら?」
アプロが一歩進み出て、優雅という言葉では言い表せないほど気品ある礼をした。
「仰せの通り異国のものですよ。今はこの教会に世話になっているのですが、ここが工事中というのはお存じなかったですか? 崩壊の危険があるので一般の方の入堂はご遠慮いただいているのですよ」
そう言うと人差し指をスッと天井に向けてほんの少しだけ動かした。
パラパラと砂ぼこりのようなものが落ち、怯えているメイド達が悲鳴を上げる。
「あら、先ほど牧師様に確認しましたら大丈夫とのことでしたわ? それにしても無礼な方達ですこと。いかに異国の方とはいえ、目こぼしをするにも限度がございましてよ?」
「無礼はどちらかとは敢えて言うまい。さっさと立ち去れ。この聖堂からチリひとつ持ちだすことは許さない」
アテナが殺気のこもった視線をリリベルに投げつけた。
「まあ、女性の方でしたの? あまりにも勇ましいお姿でしたので気付きませんでしたわ。それにしても塵一つ持ちだすなとは……私達は奉仕活動に来たと申しましたでしょう? すでに最初のゴミは使用人が持ちかえっておりますわ」
「なんだと!」
マルスが大声で咎めた。
「そんなに恐ろしい顔をしないでくださいまし。私、足が竦んで動けませんわ? ほほほ」
アテナがアプロに近づいた。
「あの女、洗脳されているな」
アプロが頷く。
「ああ、間違いない。洗脳ならルシファーでも可能だ」
「解く?」
「そうだな。解いた方が本人のためだろう」
アテナがリリベルの顔を見た。
「そこの女、我が名を教えてやろう。こちらを向け」
アテナは一文字ずつ区切るようにゆっくりと言葉を投げた。
イラついた顔でリリベルがアテナを見る。
「我が名はアテナ。戦略と知略を司る守護神である!」
言い切った瞬間、聖堂が波動で揺れた。
「きゃぁぁぁぁ!」
怯え立ち竦んでいたメイド達がバタバタと倒れる。
歯を食いしばって耐えたリリベルだったが、突風に晒された猫のような姿になっていた。
「ほう? 立っているか。余程気が強いと見える」
「でも立ったまま気を失ってるぞ?」
ずっと黙って成り行きを見ていたダイダロスがリリベルに近づいた。
「本当に一部を持ちだしているとすると拙くないか?」
アプロの声にマルスが頷く。
「ヘルメが追っている。間に合えばよいが」
「さあ、俺たちはさっさとこの塵を片づけよう。一粒ずつに生命反応は無いが、ここまで冥界の匂いを纏っているのは気にくわん」
「そうだな。纏めて浄化した方がいいだろう」
マルスの言葉にアプロが頷いた。
「それなら集めなくていいよ。一気にここでやっちゃうから。でもこの聖堂がもつかな」
ダイダロスが慌てて言う。
「多分崩壊するから一気にやるのは待ってくれ」
「そう? 面倒がないのに? いっそ聖堂を立て替えた方が早くない?」
指を動かそうとするアプロをアテナとマルスが止めている。
「マルス。風を起こせ」
「わかった。あの女たちは外へ運んでおいてくれ。それと何か収納するものが必要だな」
入り口からクロスの声がした。
「小麦粉が入っていた麻袋ならたくさんあるよ?」
「それで十分だ。持ってきてくれ」
「わかった」
そう言って聖堂に背を向けたクロスが急に叫び声をあげた。
「市場が! 大変だ! 市場が燃えている」
ダイダロスとアプロが外へ駆け出した。
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