第32話 奉仕者

 同じ夜、クロスとロビンは孤児院の事務室にいた。

 ロビンをソファーに寝かせ、自分は床に横たわったクロスが声を出す。


「なあロビン、ヘルメに聞いたんだけど騎士を目指すんだって?」


「うん、まだ決めたわけじゃないんだけれどね。同じやるなら街の人たちを守るような仕事かなって思ってるんだ」


「騎士は雇った主の指示で動くからなぁ。なかなか思うようにはいかないかもよ?


「ヘルメにも同じようなことを言われたよ。そうかぁ……僕はおじいさんとルナを守りたいんだ。そしてオペラやマカロのような子も守ってやりたいって思う」


 クロスがガバッと体を起こした。


「だったら他にも方法はあるぜ? 僕はこの前から裏町の子供たちと行動してるだろ? あの子たちって親がいるから孤児院には入れないんだって。でもここの子より瘦せてるだろ? ああいう育ててもらえない子とか、親から虐待を受けてる子を保護するような施設? 宿所? 保護場所? そういうのを作れないかなって思ったんだけど、どう思う?」


「確かに親がいるっていうだけで、どこからも保護されない子っているよね。オペラとマカロはまさにそうだ。その上、あんなに小さいのに食べ物の心配も自分でしなくちゃいけないなんて理不尽だよね……そうかぁ、そういう子を守る施設は無いのかぁ……」


 じっとロビンを見ていたクロスが言った。


「ロビンが作れよ。寝床が無いならベッドを、食べるものが無いならパンを。勉強したいなら文字を教えてやればいい」


 ロビンが驚いた顔をしてクロスを見た。

 クロスが続ける。


「ロビンも会ったばかりの頃は学校に行けないことを悔やんでいただろ? でもそれはトムじいさんが衣食住を賄ってくれていたからこその悩みだ。あの子たちはそれ以前なんだよ。まず明日も息をしておくために糧を得なくてはいけないんだ。でも思うようには手に入らないだろ? 病気になったら治療ではなく諦めるだけという子を少しでも減らしてやりたいと思わない?」


「思う! 思うよ。僕もルナもとても恵まれているけれど、それはすべておじいさんのお陰だもん。おじいさんが居なかったら僕たちもきっと……」


「だろ? お前ならあいつらの気持ちも少しはわかるだろ? その方法を考えてみろよ。きっとヘルメが手助けをしてくれる」


「ヘルメが? クロスは?」


「もちろんできることはやるさ。でもね、なんと言うか……予感がするんだ」


「何の? 怖いこと言わないでよ」


「怖くはないさ。僕が誕生した理由を僕自身が知る時が近いのだと思う。そんな気がして仕方がないんだ。さあ、もう休もう。明日もバリバリ働くぞ!」


 不安そうなロビンの頭を撫でてクロスは毛布をかぶった。


 そして翌朝、邪悪な気配を漂わせる黒い粒は、いつの間にか聖堂の床と壁の隙間にこびりついたように動かなくなっていた。


「もうこれはただのゴミというか埃というか塵だよね。どうする?」


 経過を見守っていたマルスが口を開いた。

 四人の神々が顔を見合わせていると、子供が数人聖堂に入ってきて声を掛けてくる。


「朝食はいかがですか? 今日はミルクの寄付をいただいたのでパン粥です」


 人間の食事に慣れているヘルメはすぐに頷いたが、他の三人は戸惑っている。

 祭壇の上で作業をしていたダイダロスが声を出した。


「何事も経験だ。なかなかうまいぞ。一緒に食おう」


 ダイダロスも含めた五人が食堂に向かう。

 いつものように神に感謝の祈りを捧げるために、子供たちは一斉に手を合わせた。

 祈られたことはあっても、祈ったことが無い神々はその様子に戸惑いを隠せない。


「なあ、いつもこうなの?」


 アプロがヘルメに聞いた。


「私はここで食事をすることはほとんどないのですが、一般家庭でもほぼ同じことをしていますよ」


「で、誰に祈ってるの?」


「う~ん。神様?」


「神様って、もしかしてあの絵?」


「彼らはそう認識しているようなので、敢えて訂正はしていないのですが、アプロはあれが誰か知ってます?」


 じっと壁にかかっている額絵を見ていたアプロは黙って首を横に振った。


「いただきます!」


 声を揃えた子供たちが一斉にスプーンを握る。

 その元気よさに目を見張りながら、神々もゆっくりとパン粥を口に運んだ。


「あら、美味しいわね」


「うん、なかなかイケるな。固いところと柔らかいところがあって絶妙な食感だ」


 どうやらアテナとアプロは気に入った様子だ。

 マルスは食事することも忘れて子供たちを眺めている。


「ところでクロスは?」


 アテナがダイダロスに聞いた。


「あそこに居るじゃん」


 ダイダロスが指さした方を見ると、子供たちと一緒になってパン粥を頬張っているクロスがいた。


「子供かと思った」


「うん、完全に同化してるね。まあ今は人間だし?」


 やっと一口目を口にしたマルスがポツンと言った。


「守ってやりたいな」


 神々は無言のまま頷いて、人間の食事を堪能した。


「ごめんください」


 教会の事務室の方で声がする。

 食事の手を止めて牧師が立ち上がった。


「皆さんは食事をお続け下さい」


 ヘルメが立ち上がろうとしたが、アプロが止める。


「邪悪な気配はない。ただの人間だ」


「ええ、奉仕希望者でしょうね」


 食事を終えた者から庭に出て行く。

 きちんと嚙んだのかと心配になるほど子供たちの食事は早い。

 残っているのは神々と小さな女の子数人、そしてその子たちの面倒をみている少女二人だけだった。


「あの子たちは全員が家族なのね」


 アテナが感慨深げに言う。


「生きたいという気持ちを持たない我々にはわからない精神構造だな」


 ヘルメがニコッと笑った。


「あの行為を相互扶助というらしいです。人間の知恵でしょうね」


 食事を終えた神々がゆっくり語り合っていると、席を離れていた牧師が戻ってきた。


「席を外して申し訳ありません。今日は珍しく貴族のご令嬢が奉仕活動に来てくださいました。聖堂の清掃を申し出て下さったのですよ。工事の邪魔はしないということでしたので、お願いしました。まあ、実際にやるのは連れてきた使用人の皆さんでしょうけれど」


 ダイダロスが何気に聞いた。


「へぇ、奇特なご令嬢もいるもんだ。どこの家門のご令嬢かな?」


 牧師がにっこり微笑んで答えた。


「トラッド侯爵家のリリベル様ですよ」


 神達が一斉に立ち上がり聖堂へと走った。

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