第15話 今度は畑が

 家に戻るとトムじいさんとルナがテーブルに座って壁に凭れ掛かっていた。


「ただいま、おじいさん具合はどう?」


「ああ、お帰りロビン。クロスもご苦労じゃったなぁ」


 クロスがルナの頭を撫でながら言う。


「痛むところはあるかい?」


 トムじいさんはゆっくりと首を横に振った。


「ヘルメが持っていた薬を塗ったら信じられんぐらいに楽になったよ。すごいなぁ、お前さんたちの国の薬は。ジンカイっていったか? どの辺にあるんじゃろうか」


 クロスはまっすぐに天上を指さした。


「あっち。ヘルメが薬を塗ったんでしょ? あいつが塗ったなら水でも万能薬さ。ところでヘルメは?」


「ああ、ヘルメならワシを襲った男たちと話してくると言って出て行ったよ。料理もできとるし、風呂も沸いとる。あの男の仕事の速さと言ったらとんでもないのう。まるで神風のようじゃったよ。全く疲れも見せんしなぁ」


 クロスが真顔で何度も頷いた。


「そりゃそうだろうね。あいつは現役の神だもん」


 ルナとロビンが台所に立って料理を温めなおそうとしている。

 そんなふたりの背中を見ながら、クロスはふとオペラとマカロの後姿を思い出した。


「あいつら晩飯食ったかな……」


 クロスの言葉に振り向いたのはロビンだった。


「アンナマリーさんに貰ってたから食べていると思うよ。あの二人のような子は山ほどいるんだ。僕たちだっておじいさんが引き取ってくれなかったら、あいつらよりもっと酷い暮らしをしていたはずさ」


「そうか……ああいう子はそんなにたくさんいるのか」


 トムじいさんが静かな声で言った。


「同情するのは簡単じゃ。しかし本当の意味で救ってやることは難しい。わかるかの? クロス」


「本当の意味で救う……生活を楽にするということでは無くて?」


「そうじゃのう、例えばお前さんが王様のように金持ちで、あの二人のような子供を集めて、毎日飯を食わせたとする。そういう子供はどうなるかの?」


「毎日タダで腹いっぱいになって幸せなんじゃね?」


「なるほどのう、ではその生活に慣れたころお前さんがおらんようになったら?」


「また以前の食うや食わずの生活に戻る……ああ、そうか」


「わかったかの?」


「でもその救済は時間も金もかかるよなぁ。しかも地味だから誰もその功績を認めない」


「そうじゃな。だから貴族たちはやりたがらないのじゃ。だから教会でやっている救済もその場しのぎにならざるを得ん。それは金も人手も無いからじゃが、子供たちの親の理解も無いのじゃよ。子供といえど働き手だからのう。将来より今日の飯なんじゃよ」


 ヘルメが戻ってきて声を出した。


「抜本的な改革が必要だが、それができるのは王家だけだ。その王家にやる気がないんじゃどうしようもない。所詮人間は血塗られた欲望の中で生きるしかないのさ」


 クロスが振り返った。


「ああヘルメ、ご苦労さん。あいつらは?」


「ペラペラと喋ってくれましたよ。ねえおじいさん、トラッド侯爵って知ってます?」


 おじいさんが頷いた。


「市場を潰そうとしている貴族じゃよ。なんでもここに貴族の娯楽施設を建てたいらしいが住民たちが反対しておるのじゃ」


 クロスが目を見開く。


「市場を潰す? みんな困るじゃないか。それともどこかに市場ごと移転させるのかな」


 おじいさんは首を横に振った。


「後は勝手にしろという話じゃよ。少しずつじゃが店が少なくなっているのもそれが理由かもしれんのう」


 その時裏庭で大きな音がした。

 クロスとヘルメが駆け出し、ロビンとルナはおじいさんに抱きついた。


「誰だ!」


 クロスの声に数人の男が息をのむ気配がした。

 ヘルメがスッと指を翳すと、辺りが昼間のように明るくなる。


「ひいっ!」


 突然の光に驚いた男たちは、手に持っていた鍬や鋤を投げ出して逃げようとしたが、足が畑に埋まって動けない。

 ふと見るとクロスとロビンがあれほど苦労した畑が無残に荒らされている。


「お前ら……」


 クロスの声が震えた。

 ヘルメはそんなクロスの横顔を見ながら少し驚いた顔をしている。


「クロスも怒ることができるんですねぇ。うん、成長しました。うんうん」


 まるで初めて自分の名前を書けた我が子を見るような目でクロスを見るヘルメ。


「ヘルメ、捕縛だ」


 頷いたヘルメが指先でくるっと円を描くと、男たちの体に荊が巻き付いた。

 どの男も痩せて顔色が悪い。


「どうやら目をつけられてしまったようですね」


 ヘルメの言葉にクロスが頷いた。


「抜本的な改革か……」


 クロスの言葉にヘルメが驚いた顔をした。

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