第16話 神力が無いならただの人
家に戻ったクロスとヘルメが状況を説明すると、おじいさんは大きなため息を吐いた。
「苗がダメになったのなら、当分商売は難しいのう……」
ロビンとルナが不安そうな顔でおじいさんにしがみついた。
ヘルメがニコッと笑ってルナを抱き上げる。
「私の知り合いに豊穣の神がいるのですよ。ちょっと呼び出して協力してもらいましょう」
クロスがポンと手を打った。
「ああ、デメテル? 彼女は気難しいのにヘルメは友達なの?」
「友達というより遠い親戚です」
「え?」
「あまり深く追求しないでください。神界はほとんど親戚のようなものでしょ?」
「まあそうだね……へへへ」
クロスは考えることを放棄した。
ヘルメがトムじいさんに向かって言う。
「今からちょっと頼んできます。今夜はクロスをこの家に残しますので安心して眠ってください」
ルナを床におろしたヘルメがその頭を撫でながら言った。
「ちゃんとご飯を食べていい子にしていれば、お土産を持って帰りましょう。楽しみにしていてください」
ルナが頷くのを確認してからヘルメは外に出た。
「じゃあ僕たちはご飯にしよう。たくさん食べてたくさん眠らないと元気が出ないからね」
クロスの声にロビンとルナが動きだした。
そして翌朝、戻ってきたヘルメを見たクロスが驚いた声を出す。
「ヘルメ! お前……ちょっと瘦せた?」
「ええ、いろいろと代価を求められましたので」
「……ご苦労さん」
何があったか聞きもしないし言いもしない。
二人が裏庭に出ると、朝日を浴びて微笑みを湛えている女神デメテルが、畑の中央に立っていた。
「あら! クロスじゃない。元気そうで良かったわ」
つやつやとした顔で振り返るデメテルを見た瞬間、クロスは対価が何かを悟った。
ポンポンとヘルメの肩を叩き慰めながら、クロスがデメテルに言う。
「悪かったね、急に。どう? 戻せそう?」
「当たり前でしょ? こんなもん秒よ、秒」
そう言ったデメテルが空間から籠を取り出した。
「とても素敵なひと時をいただいたから、これはオマケよ。それとこれはクロスにあげる」
籠をヘルメに渡しながら、デメテルが衣の中から小さな光を取り出した。
「それは?」
「夢の粒よ。これを耳に入れると相手の本心が聞こえるの。噓を吐かない神には必要ないアイテムだけれど、人間を相手にするなら役立つでしょう? でもここぞって時だけにしないと、いろいろ聞こえちゃって心を病むから気を付けてね」
「ありがとうね、デメテル。帰ったら母上に元気だったって伝えといて」
「ええ、わかったわ」
デメテルが何やらヘルメに耳打ちをしてスッと消えていった。
神の残滓のような光が畑に降り注ぐと、土の色がグッと濃くなり、前よりももっと豊かな畑になっている。
「ありがとうな、ヘルメ。本当にご苦労様でした。デメテルって体力お化けだよね」
「ええ、さすがに疲れました。一晩中ですよ? 少し眠りますから、後は頼みます」
「了解! 今日はゆっくりしてね」
起きだしてきたトムじいさん達が驚きの声をあげた。
「いったいどうやったのじゃ? 信じられん……」
クロスが肩を竦める。
「こういうのが得意な知り合いがいるんだよ。植わっている苗もちょっと特別なものだから明日には収穫できる。今日は水やりだけだし、それは僕とロビンでやるから」
遅れてやってきたロビンを誘って水撒きを始めるクロス。
ルナとおじいさんは朝食の準備を始めたようだ。
「ねえクロス、ヘルメは?」
「疲れて眠ってる。ちょっと大変だったみたいだよ」
「そりゃそうだろうね。あの状態を一晩で復旧するなんて神様としか思えないよ」
「うん、神様がやった」
「そのお友達ってもう帰っちゃったの? お礼を言わなくちゃいけなかったのに」
クロスが水撒きの手を止めて言った。
「ああ、だったら今日は教会に行こうか。たぶんそれで十分お礼になるから」
不思議そうな顔をしたロビンだったが、聞いても無駄だと思ったのだろう。
作業の手を止めず、黙々と畑の畝に水を撒き続けていた。
「じゃあ行ってくるね」
川で汗を流したクロスとロビンは、朝食を終えると出掛ける準備を始めた。
チラッと小屋を覗くと、ヘルメが文字通り死んだように眠っている。
おじいさんと一緒に残るというルナに手を振って、二人は街までの道を歩いた。
「ねえクロス、おじいさんにお小遣いを貰ったんだ。これで教会の子に何か買って行こうと思うんだけど、市場に寄ってもいい?」
「もちろんだ。ロビンはすごい奴だな。せっかく貰った小遣いなんだ。自分のために使えばいいのに」
「僕は特に不自由はしてないから。毎日ご飯を食べられるし、家族と一緒に住む家もある。クロスやヘルメという友達もできたしね」
「欲のない奴だ。では僕も少しだけ協力しよう」
「クロスってお金持ってるの?」
「うん、預けてあるんだよ。ちょっと貯まったらしくて、最近やっと換金方法を教えて貰ったんだ。ちょっと見てて?」
そう言うとクロスが空の革袋を懐から取り出して何やら呟く。
するとぺちゃんこだった革袋に少しだけ膨らみができた。
「さあ、何を買うかな?」
不思議な現象に慣れてしまったロビンは、深く追求することもなく頷いた。
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