第97話 宝箱とふたつの石の正体

「ああ、申し訳ないですが、私はこのあと仕事に戻るので、中身の確認だけ先にお願いします。何分予定より一週間押してしまっているので……」

「そうですよ! お父上様の迷惑になっていますよ! 空気を読んでくださいッ!?」

 そういうメエメエさんは、いつも空気を読まないけどね?


 これにはアル様とエルさんもうなずいて、メエメエさんに場所を譲ってくれた。

「わがままですねぇ」

 ラビラビさんはメエメエさんを冷たい目で見ていたけど、当の本人はこれっぽっちも気にしていない。

 アル様とエルさんをかき分けて宝箱の前へ進み、「宝箱オープン!」と叫んで開けていた。

 そこには鉱石類と、青い壺が入っていたよ。

 下のほうも全部色の違う鉱石だね。

「ショボッ!!!」

 メエメエさんの第一声がそれだった。




「海底の底であんなに苦労してきたというのに、金銀財宝はどこですか!? こんな石ころばかりじゃ、まったく釣り合いませんッ!!」

 天に向かって絶叫しても、その宝箱を手に入れたのは、海の底の底だしね。

 せめてダンジョンの中で文句を言ってよ。

 まぁ、いつものことなので、周りはさざ波のように静かに笑っていたよ。


 ラビラビさんが僕に青い壺を手渡してきたので、鑑定スキルで見てみると、『海水が湧き出す壺』と出た。

「この壺から海水が湧き出るみたい。魔力を注げばいいのかな?」

「少々お待ちください」

 バートンがバーベキュー場に走っていき、そこから洗い桶を持ってきてくれたので、その中に向かって壺を傾けてみると、ザァーッと水が流れ出た。

 桶の半分くらいでやめて、指を一本つけてなめてみたら、確かに塩辛いね。

「こんなものがなんの役に立つんですかッ!?」

 メエメエさんがキレているけど……。

「一見役に立ちそうにないけど、これって永遠に海塩が作れるんじゃない?」

 全員の視線が僕のほうを向いた。


 そこでアル様がポンと手の平で拳を打った。

「ああ、なるほど! この場所では岩塩が手に入るからピンと来ないが、海から遠い内陸で、しかも岩塩が手に入らない土地だったなら、これは財宝に勝る貴重な品になるね!」

「なるほど」

 父様やジジ様たちもうなずいていた。

 場所によっては、この壺ひとつで情勢がひっくり返るかもしれないんだね。

 だけどラドクリフ領ではあってもなくても困りはしない。

 それはハイエルフさんたちにとってもだ。

「安易に売り出すこともできないし、とりあえず地下倉庫にしまっておくしかないかねぇ?」

「直接塩が湧き出る壺なら、ラグナードで引き取ってもよいのだがな」

 ジジ様が笑っていた。

 まぁ、そうだよね。

 海水を煮詰めて塩にするには、それなりに手間と時間がかかるもんね。

 現状扱いが難しいので、この壺はお倉入りだね。


 僕らがそんな会話をしている横で、ラビラビさんは宝箱によじ登って、中の鉱物をじっくり検分していた。

「すみません、ちょっといいですか?」

 その声に全員が振り返ると、ラビラビさんは肉球のモフ手に鉱物を載せて、みんなに見えるようにしていた。

「見た目は見分けがつかないと思いますが、こっちはおそらくブルーダイヤモンドの原石です。そしてこっちが魔コバクロ合金ですね」

 んんん?

 ブルーダイヤモンドはわかるけど、魔コバクロ合金って何?


「コバクロ合金というのは、鉄よりも硬度が高く摩耗しません。さらに耐食性と耐熱性の強い金属なんです。生体適合性もあるので、部位欠損の補助に使うことも可能です。欠点は極めて加工が難しいところですが、これは魔力で加工できる特別なコバクロ合金のようです。武器にする以外にも、ハサミやナイフなど多岐に渡って使用できますよ!」

 心なしかラビラビさんの瞳がキラキラしていた。


「加工が難しいなら、私たちは遠慮しよう。製品化できた暁には、いくつか融通してもらえるかい?」

 ハイエルフの里長スフィルさんが辞退すれば、ジジ様も「わしにもできた品をくれ」と言っていた。

「お任せください! 時間がかかっても必ず形にしてみせます!」

 ラビラビさんがキラキラと輝く笑顔で元気に返事をすれば、みんなが満足そうにうなずいていた。

 う~ん。

 ラビラビさんや、いいように使われてない?


 ブルーダイヤモンドも加工が面倒なので、ラビラビさんに押し付けているね。

 だけど父様だけは、ラビラビさんに真剣にお願いしていた。

「ソレイユ嬢のアクセサリー加工を優先しておくれ」

 そうはいっても、さすがにブルーダイヤモンドはまずくない?

 我が家も先方も貧乏男爵家だよ??

 

「父様、少し休んだほうがいいと思います……」

「私もそのように思います」

 僕とバートンに言われて、父様はハッとしていた。

 そこへメエメエさんが飛んで出て、ハッキリキッパリ言いやがった!

「どう頑張っても男爵家如きは色水晶で十分でしょう! うっかりダイヤを買うお金があると知られたら、王城からゾロゾロと監査がやってきて、財産没収ですよ!?」

 やだ!

 王城からマ〇サが来たらどうしようッ!?

 父様と僕はガクブル震え上がったよ!


「まぁ、身の程を知れってことですね。そういう意味では、ギラギラ虹色に輝く魔物のヒレのドレスも、絶対駄目だと思いマッス! ついでにセンスを疑われマックス!?」

 メエメエさんは容赦なく父様の心をえぐっていた!

「メエメエさん、言い方……」

「どんな言葉で誤魔化そうとも、真実は変わりません!?」

 またしても暗黒羊が叫んでいた。

 それは僕も思っていたけど、本気ではないと信じたい。

 万が一のときは、きっとマーサが止めてくれると思うよ……?


 うちひしがれる父様を、そっとバートンが支えてお屋敷に戻っていったよ。

 中級精霊のシルルちゃんも心配そうについていった。

 愛されているね、パパン。

 僕の精霊さんたちはと見れば、お宝には微塵も興味を示さずに、モリモリとカニ&エビ祭りの真っ最中だったよ。

 そんなに一気に食べたら、すぐになくなっちゃうよ?

 もう捕りに行けないんだからね??

 ね?



「皆さん、ちょっといいですか?」

 ラビラビさんの声に振り返れば、すっかり宝箱は片づけられたあとだった。

 そこでラビラビさんは、どこからともなく小箱を取り出してフタを開ける。

 中にはふたつの鉱物が入っていた。

「こちらの黄色からオレンジ、ときには深い緑に変わる石は、第七階層の宝箱から出た鉱石です。解析の結果スフェーン原石とわかりました。これは宝石にも魔術の触媒にも使える鉱石です。ときにダイヤモンド以上の輝きを放ちます」

 おお、綺麗だね。

 アル様とエルさんの目の色が変わったよ。

 あとでリオル兄にも分けてあげようかな?


 次いでラビラビさんは、もうひとつの石を示した。

「そしてこちらは、第九階層の最後に、皆さんが大量に採取してきた海の魔結晶石なのですが、見てください! このクリソコラを彷彿とさせる神秘の輝きをッ!!」

 急に熱量を増して、声のトーンが高くなったね!


 それは、石の中に珊瑚礁の青い海を閉じ込めたような、あるいは青い惑星を彷彿とさせるような、神秘の色彩を放っていた。

 マジマジとのぞき込めば、神秘的な美しさに魅了されて、目が離せなくなってしまう。

「一つひとつ表情が違っていて、青い星のように見えるものもあるんですよ」

 うっとりとしながら海の魔結晶石を眺めるラビラビさん。

「これは素晴らしいな……。魅入れるのもよくわかるぞ」

 ライさんもキラキラと瞳を輝かせていたよ。

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