第93話 第九階層 ようやく帰れる
ジジ様が緋色の剣ごとヒュドラの身体を突き抜けると、その中で魔石が一際大きな輝きを放った!
やがてそこからボロボロと崩れ始め、海底渓谷の岩場に、巨大魔石と素材が転がり落ちていった。
その魔石が淡く光を放つ光景は、どこか幻想的でもあった。
「やぁやぁ、ジルも大概無茶をするねぇ!」
アル様がおでこを叩いて豪快に笑っていたよ。
従者にカルロさんはすぐにジジ様の元まで泳いで向かった。
ヒュドラを倒せた。
安堵で足から力が抜けたよ。
すぐにグリちゃんのツタが解けて、足ヒレを押さえていたポコちゃんに支えられる。
グリちゃんとユエちゃんが飛んできて、クーさんとフウちゃんが戻り、ピッカちゃんとセイちゃんが抱き着いてきた。
みんなで抱き合ってしゃがみ込む背中に、いつの間にかメエメエさんがくっついていたよ。
「もう、何もしていないじゃない?」
「アイデアを出しました!」
理由をつけるメエメエさんに笑いがこぼれた。
まぁ、いいよ。
メエメエさんも混ざっておいで。
僕らはひとりでは足りなくたって、みんなで協力すればなんとか乗り越えていける。
その一つひとつが糧になって、みんなが強くなってくれることを願う。
そのときはメエメエさんが、みんなのブレインになってあげてね。
ヒュドラの魔石と素材を回収して、海底渓谷のその先へナガレさんはゆっくりと潜水していく。
その横に首長海竜のウオマルさんと、巨大ラッコのオコジョさんが続いてく。
最後の難関と思われた深淵の大穴の底に降りていくとき、壁際に輝く結晶石をいくつも見つけて、全員が歓喜した。
灯火に照らされて青く輝く結晶石の森は、ここが深海だということを忘れそうになるくらい美しかった。
敵の気配はないとナガレさんたちが言うので、全員でこの結晶石を大量に採取していく。
だって、もうここに来ることは二度とないと思うから。
第七階層はともかく、第八、第九階層はほかのメンバーを引き連れて、踏破するには難し過ぎると思うんだ。
ナガレさんの背中で休息を取りつつ、夢中で結晶石を採掘していたよ。
心ゆくまで採取を終えたら、あとはこの底を目指そう。
どのくらい潜水したのかわからなくなるほど、深く沈んでいく。
仲間がいなかったら、孤独と静寂におかしくなっていたかもしれない。
それほどに、深く遠い世界だった。
どのくらいの時間が経ったのだろうか?
少し眠ってしまっていたみたい。
いつまでも終りなく深淵の底に沈んでいくんだもの。
「ああ、出口かのう……?」
時間を忘れたころにナガレさんの穏やかな声が聞こえて、進路方向に目を向ければ、小さな光の点が見えてきた。
近づくほどに、その正体が明らかになっていく。
大きなホタテ貝が口を開け、その真ん中に貝柱の代わりに真珠色の宝箱が鎮座していた!
メエメエさんの目にも光が戻り、輝きを増していく。
元気メーターも一気に回復したみたい。
ホタテ貝の大きさは三メーテくらいだから、全員で下り立つことはできないね。
「どれ私が先に下りてみよう」
アル様が飛び降りて、元のサイズに戻ったラッコ姿のオコジョさんが続く。
さすがのメエメエさんも、今回はおとなしくしているようだ。
「いえね、終盤がやけに温かったじゃないですか? 油断させたところでミミックが出る可能性もありますよね? 私は自分の安全を優先したまでデッス!」
最後にパックンされたくないようだ。
とはいえ、アル様はここで開ける気はないようだ。
「まぁ、大丈夫だろうさ。これは持ち帰って中身を確認しよう」
宝箱を自分のマジックボックスに回収していたよ。
宝箱があった場所に地下へと続く階段が現れたんだけど、人ひとり分のスペースしかない。
「私が先に行きます!」
ヒューゴがサッと飛び下りて、そのあとにオコジョさんが続いた。
しばらくするとオコジョさんが顔を出して、「大丈夫だぞ!」と言うので、カレンお婆ちゃんとライさんとエルさんが続く。
ジジ様とカルロさんが行き、父様と僕とルイスと精霊さんたちが飛び込めば、アル様とカッパに戻ったナガレさんが最後になった。
ウオマルさんはダンゴウオに戻って、カッパのお皿にくっついている。
狭い階段は下へ続いていくんだけど、徐々に幅が広がって周辺の水が明るくなってきた。
階段も人工的な装飾が施されているようで、徐々に海に沈んだ遺跡のような回廊に変わっていく。
横を見れば、普通の魚たちが泳ぎ回っていて、水族館のトンネルの中にいるような気分になってくるよ。
僕らのいる場所はまだ水の中だけどね!
回廊の端に出れば、そこは水中庭園の様相を呈していた。
前を行く背について地面を蹴って浮かび上がれば、父様が片手を引いてくれたんだ。
水面が近づいて顔を出せば、そこには太陽の光輝く世界が広がっていた!
まだダンジョンの中だけど、光を感じるだけで、心がこんなにも軽やかになれるんだね。
まばゆい光に目が慣れてくるころ。
「こっちですよ~」と言うヒューゴの声に導かれ、父様とルイスに引っ張ってもらって、ようやく陸に上がった。
その先にはふたつの門が建っていたんだ。
「周辺を確認しましたが、この空間は第九階層の入り口のように、この一角だけなんです。泉から入って泉から出る仕様ですね」
ヒューゴがヘルムとブローチを外しているので、僕らも外した。
もう足ヒレも必要無いね。
カチューシャを解除したとき、雫が口に零れて、舐めたらただの水だった。
海水と真水の境界はどこだったんだろう?
ちょうどそのとき。
ふたつの門から、それぞれライさんとカルロさんが飛び出してきた。
「右は下へ続く階段だ」と、ライさんが叫ぶ。
「左は転移ポータルがありました。ようやく地上に戻れそうです」と、カルロさんが笑って手を振った。
全員の顔に明るい安堵の笑みが戻って、その足で地上へと戻ることにしたんだ。
転移ポータルから最初の聖殿に戻り、そこから岩塩採掘場に出る。
そこでクロちゃんシロちゃんを見れば、ミディちゃんが持つカプセルシェルターの中で爆睡していたよ!
起こすのも忍びないよね?
どうしようかと眉を下げていると、みんなは重力操作ブーツで、何もない空間を駆け上がっていくんだよッ!
「ほら、ハクも精霊さん飛びでいけるかい?」
父様が僕の顔をのぞき込んで聞いてきた。
む。
それを忘れていたよ……。
意を決して地面を蹴って飛べば、フヨ~ッと身体が浮かび上がる。
「大丈夫そうだな?」
父様は僕の後ろを、階段を上るように空気を蹴ってついてくるんだ。
そのあとに続くルイスとアル様が笑っていたけど!
僕はフウちゃんとユエちゃんに手を引っ張ってもらって、高い岩塩採掘場のお釜の上に上ることができたんだ。
オコジョさんとナガレさんも空を軽やかに飛んで着地すれば、全員がここにそろった。
誰一人欠けることなく帰還できたことを、心から喜び、称え合って別れよう。
「ゆっくりお休み」
「またな!」
エルさんは僕を労い、ライさんはイケメンスマイルで走っていってしまったよ。
ハイエルフさんも案外タフだよね。
僕らは洞窟の転移扉からお屋敷に戻った。
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