第88話 第九階層 海の世界

 ようやくナガレさんが水から顔を上げて、泉の端から立ち上がった。

 よく見たらカッパ皿にウオマルさんがくっついていたよ。

 さすがダンゴウオ、逆さになっても落ちないね。


「ふむ、しばらくは浅瀬の海が続くようだのう。水の透明度は極めて高く、視界は良好だぞう。われが龍の姿になっても問題なくいけそうだな。水に潜ったら全員我の背に乗るがいい」

 ナガレさんがそう告げると、お皿にウオマルさんを乗せたまま、一足早く泉にドボンと飛び込んだよ!


「ワシも水中モードになるぞ!」

 突然叫んだオコジョさんの全身が、ピッカーッ!と輝きを放った!

 光の中からラッコが現れて驚いた!!

 みんなも目を丸くして、口を開けていたよ!


 確かカワウソさんのお父さんが、ラッコさんだったよね?

 夏の精霊王一族は全員イタチ科で、もしかして姿を変化できるの??

 驚嘆する僕らの前で、オコジョさんは得意げに説明してくれた。

「ちなみにワシの母は毛皮の美しい精霊だった! ワシらは見分けがつくように、姿を微妙に変えているだけで、どれにでも変化できるぞ!」

「お母様はもしやミンクですか?」

 メエメエさんが僕の耳元でつぶやいたよ。

 高級毛皮のミンクさん?

 僕はまたひとつ、精霊の不思議を知った。



 ナガレさんのあとに、オコジョさんが泉にダイブする!

 アル様とジジ様とカルロさんが、迷いなく飛び込めば、ヒューゴとカレンお婆ちゃんがあとに続く。

 ライさんとエルさんが水に潜り、最後に父様とルイスに手を引かれた僕が、意を決して飛び込んだ。

 恐怖心を払拭できたわけではないけれど、先に進むしかないこの状況では、ここで怖気づいてはいられない。

 メエメエさんと精霊さんたちは、ためらいもなく飛び込んでくるね。


 ギュッと閉じていた目を開ければ、一番に飛び込んできたのは、体長百メーテ級の青い鱗を煌めかせた、美しい青龍の姿だった!

 思わず息を飲んで目を見開いたよ。

 真の姿を現したナガレさんは、神龍と呼ばれるだけあって神々しく、水中で優雅にうねっていた。

 その周囲を見回せば、南国の海を思わせる世界が広がっていたんだ。

 海面から差し込む光が海底まで届いて、緩やかに海藻が揺れ、巨大な珊瑚礁では小魚が泳いでいる。

 あれは襲ってくるたぐいのものではないみたい。

 黙って見ているだけなら、スキューバーダイビングでもしているような錯覚に陥るよ。


 感動して瞳を輝かせる僕の耳元で、メエメエさんが普通に話しかけてきた。

「ハク様、ゆっくり呼吸をしてみてください。手足の動きに違和感はないですか?」

 言われてすぐに、詰めていた息を吐き出し、新たな空気を吸い込んでみた。

 カチューシャの威力は素晴らしく、地上と同じように呼吸ができたよ。

 吐き出した息が無数の泡となって、水面へ浮かび上がっていく。

「このカチューシャは凄いね!」

「ああ、水中で呼吸ができるなんて、魚にでもなった気分だよ」

 父様も不思議そうに瞬きをしていた。

 ルイスは初めて見る海の様子に、子どものように瞳を輝かせていたよ。

 無理もないね!

 ここだけなら、南海の楽園のようだもの!


 さて、次はブローチの確認だね。

 手を動かせば、水をかくような抵抗感は若干あるものの、たいして問題はなさそうだ。

 足ヒレに魔力を流して軽く動かせば、ひとかきでスーッと数メーテを移動することができた!

 おお! 僕もダイバーになれた気分!!

 服も濡れていないし、方向転換も思うがままだよ。

 それを見たメエメエさんが、「大丈夫そうですね」とうなずいていた。


 父様とルイスも水中での動作確認を始めていた。

 泳ぐのは問題ないけれど、武器を振るうタイミングがちょっと遅れるみたい。

「ここでは魔法剣の使用をお勧めします。振るよりも銛で突く動きがいいかもしれませんよ?」

「そうだな。参考にしよう!」

「了解ッス!」

 父様とルイスがうなずいていた。


 それを確認して、メエメエさんは全員に声をかけに泳いでいく。

 あちこちで武器を振り回したり、魔法を放ったりしているけれど、水の抵抗は思ったよりも大きいみたい。

 メエメエさんのアドバイスを受けて、ジジ様たちは槍や銛を取り出して訓練を始めた。

 身軽さが売りのカレンお婆ちゃんは、動きが制限されて不満そうだったけれど、そこは剣豪スキルの力技で押し切るようだ。

 一瞬海水が割れたように見えたのは気のせいかな?

 咄嗟にヒューゴが大盾を掲げ持って防いでいたよ。

 ヒューゴに向かって放つのはやめてあげて?

 ちなみに大盾には軽量化の魔法が施されているんだってさ。

「皆さんの鎧にも軽量化魔法を組み込んであります! ラビラビさんが徹夜で作業していましたよ!」

 戻ってきたメエメエさんが教えてくれた。

 ラビラビさんに足を向けて寝られないね!


 アル様とエルさんは魔法剣を使って、魔法を真っ直ぐに打ち出す練習をしていた。

 水の抵抗によって威力が落ちないように、魔力をより多く練っているようで、ここでは魔法の回数が制限されそうだね。

 海中では魔法使いが不利な感じだけど、あのふたりは武芸も達者なので問題はないかな?



 全員が一通りの動作確認を終えて、ナガレさんの側へ集まっていく。

 僕もクーさんとフウちゃんに手を引かれて、ナガレさんの背中に辿り着き、その宝石のような背中に乗った。

 近くで見れば胴回りが大きいので、またがるという感じではない。

 百八十度開脚なんて僕には無理だよ。

 揺れるたてがみにしがみつきながら、適当なところに座って足を伸ばす。

 足ヒレがあるから膝を折るのは難しいかな?

 いざとなったら、この鬣に身を隠してしまえばいいかもね。


 メエメエさんがニャンコズの入ったカプセルシェルターを、ナガレさんの大きな角に結んでいた。

 鬣の中に動かないように固定しているね。

 カプセルの中も新鮮な空気で満たされているようで、吐き出す二酸化炭素の泡が溢れ出している。

 ニャンコズも興味深げに海中から上を見上げていた。

 クロちゃんは鮮やかな小魚を、カプセルの中から捕まえようとしているけど、シロちゃんに「無理にゃ」と指摘されていた。


 今回同行するミディちゃんは、水精霊の精鋭が多く選抜されているそうだ。

 水中でも素早く動ける子たちが集まっている。

 父様の契約精霊である風精霊のシルルちゃんは、毎回一緒に参加しているんだ。

「いざというときは父様を助けてね」と、こっそりお願いすれば、輝く笑顔でうなずいていた。

 父様も笑顔でシルルちゃんをハグしていたよ。

 その姿を見つめて眉をしかめる一同は、見ないことにしよう!

 だってこればかりは、ミディちゃんたちとの相性が関係してくるから。

 事情を知らないライさんとエルさんとカレンお婆ちゃんが、キョトンとしていたけどね!


 海中では細かい魔石や素材はあきらめることになるだろうから、大きなものだけを素早く回収するようミディ部隊に伝えておく。

 欲張って深追いは厳禁。

「危険を察知したら、ナガレさんの鬣の中に紛れ込んで、すぐに身を隠すように!」

 メエメエさんが厳しく言い聞かせてれば、みんなが拳を振り上げていた。

 命大事に!

 オーッ!!!

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