第89話 第九階層 灯火魔法

 みんながナガレさんの背中に飛び乗って、いよいよ出発することになった。

「夢のような光景だな!」

「魔物が出なければ、素晴らしい世界だけどねぇ」

 などと、口々に感嘆の声を上げていたよ。

 神龍の背中に乗って海中探査なんて、おいそれと経験できることではない。

 本当にナガレさんは綺麗な龍だね!


 明るい珊瑚礁の海から離れ、徐々に水深が増していくと、海底の様子も珊瑚礁から白い砂に変わってきた。

 そこに姿を現したのは海獣の群れだった。

 全長五メーテのセイウチに似た姿で、巨大な牙と爪を持って襲いかかってきた!

 一番に飛び出していったのはラッコモードのオコジョさんで、水中で身体を高速回転させると巨大な渦を生み出し、海獣の群れに突っ込んで、縦横無尽にかき混ぜていく!

 強力な渦に巻き込まれた海獣は、仲間同士でぶつかり合って脳震盪でも起こしたのか、途端にスピードを鈍らせていた。

 そこへジジ様と父様とヒューゴの、ヘルム隊が仕留めに向かう。

 ジジ様と父様は魔法剣を槍のように長く伸ばして、突き刺しては引く動作で、確実に粉砕していた。


 オコジョさんの攻撃から逃れた元気な個体が、全速力で突っ込んでくると、熊男のヒューゴが三叉のもりを飛ばしている!

 あれは第八階層の宝箱の武器だね!

 おお、ヒューゴが海神みたいに見えてきたよ!

 銛が突き刺さった瞬間に、海獣は砕け散り、魔石と牙と爪だけが残されていた。

 そこへアル様とエルさんが水魔法を操り、沈まないように一箇所に集めながらナガレさんに近づけると、ミディ水精霊がシュバッと飛び出し回収して、すぐにまた鬣の中に戻っていた。

 珊瑚礁から飛び出す小魚みたいな動きだね!

 僕はミディちゃんたちを拍手で称えた。

 グリちゃんたちも鬣の中から顔だけ出しで、小さな手をパチパチしていたよ。


 僕の前にちゃっかり座り込んだメエメエさんが教えてくれた。

「我々精霊は水中でも魔法が使えます。今回の要はクーさんとピッカちゃんでしょうか。緊急時にはフウちゃんに、ハク様の補佐をしてもらいますからね!」

 ナガレさんの鬣の中で戯れる精霊さんたちを見れば、僕の視線に気づいたフウちゃんが、ニッパーと笑顔で手を振ってくれたよ。

 ほかの子たちももみじのお手手を掲げて、楽しそうに振ってくる。

 器用に足で鬣に掴まっているんだよね。


 ヒューゴが持つ三叉の銛と、同じ物を手にしたライさんとカルロさんが、接近する海獣に打ち込んでいた。

 ラッコモードのオコジョさんのおかげで、楽に討伐を進めることができて、最後の一匹を仕留め終わると、全員で魔石と素材を回収していた。

 海獣の牙を近くで見たら、ヒューゴの体格よりも大きくて驚いたよ。

「これで噛まれたら、ハク様は木端微塵ですね」

「メエメエさんも霧散するね!」

 アハハ~と笑いながら、メエメエさんの首をキュッとしておいた。



 魔石と素材の回収が終わると、あいだを置かずに次の魔物が現れたんだ!

 それは半馬半魚のシーホースで、上半身は馬で前足にヒレがあり、下半身は魚の魔物だ。

 鬣がヒラヒラとヒレのようにたなびいている。

 さっきの海獣のような牙と爪を持たない代わりに、恐るべきスピードで迫ってくるんだ。

 オコジョさんの高速渦を避けて、僕らに向かって突っ込んでくる!?

 そこでナガレさんが、いつもののんびり口調で告げた。

「全員、我の側へ寄るがよい」

 散らばっていた面々が指示に従って、ナガレさんの側に戻れば、青い光が全身を覆い煌めき、そこへ突っ込んできたシーホースの群れが、すべて粉々に粉砕されていた!!

「ナガレさん、凄いッ! 強力なバリアーだね!!」

 思わず大きな声で歓声を上げると、ナガレさんが「ほっほっほ~」と笑って、尾をくねらせていた。

「いいところを取られたぞ!」

 オコジョさんがつまらなそうに膨れていたけどね。

「オコジョさんもナガレさんも、ありがとう!」

 お礼を言えば、オコジョさんはまんざらでもなさそうだったよ。


「ワシに任せろ!」

 再び海中に渦を巻き起こし、縦横無尽に敵を蹴散らしていく。

 絶え間なく襲いかかってくるシーホースの追撃をすべて封じて、全員で魔石と素材を回収し終わったよ。

 シーホースの素材は馬肉と魚肉で、どちらか一個がドロップするみたい。

「海で馬肉とは……、ええ? こっちは上半身で、こっちは下半身ってことですか? 馬魚の肉って食べれるんですかぁぁ~~ッ???」

 メエメエさんが絶叫していた。

 確かにシーホースの魚肉を食べるのは抵抗があるよね?

 魚といっても、何魚かわからないもん。

「でもさ、僕らにとって馬は生活の足で、めったなことがなければ馬肉を食べることはないんだから、これはこれで珍しい品が手に入ったって思えばいいんじゃない?」

「確かに、馬刺しも美味ですからね」

 メエメエさんは納得していたよ。

「馬魚肉は謹んでハク様に進呈します!」

 僕に押しつけないで!



 それからしばらく進むと、さらに深く潜っていくことになった。

 上を見上げれば、うっすらと明かりが見えるくらいで、周囲は徐々に暗黒の世界へと変わっていく。

 もはや人間が潜れる限界はとっくに突破しているよね。

 ブローチのおかげで水圧に圧し潰されることもなく、快適に過ごせているんだ。

 ナガレさんの身体だけが青く輝いて、それはそれで幻想的でもあった。


「メエメエさん、暗闇でナガレさんの身体が光っているってことは、周りから標的にされやすいってことだよね?」

「そうですね」

「この状況でナガレさんから離れると、人間には何も見えなくなるってことだから、周辺を灯火ともしびで照らしてもいい? どうせ狙われるのは一緒なんだから、広く視界を確保したほうがいいと思うんだ」

 僕の言葉に、後ろからアル様が返事をした。

「ああそうだね。どうせここでは隠れるところなどない。視界を確保することのほうが大事だね!」

 振り返れば、妙に明るい笑顔で僕ににじり寄ってきていた。

 あれ? いつの間に……。


 おもしろ好きのアル様が、ニコニコ満面の笑みを浮かべていた。

「ハクの灯火魔法を見るのは初めてだねぇ!」

「火種があれでしたから、灯火も楽しみですね!」

 ハイエルフのエルさんもウキウキと声をかけてきたよ。

 えぇ?

 僕の魔法が見世物になっていない?


 そこでメエメエさんが叫んだ!

「それでは暗闇の世界を、清浄なる光で照らしましょう! いざ、点灯ーーッ!!」

 妙にハッスルしていた。

 まぁ、いいけどね。


 ペンギンスーツの腰に回したベルトから、ドリアードの杖を引き抜いて、目の前に掲げてつぶやく。

「灯火」

 柔らかな白光が同心円を描きながら、ゆっくりと広がっていく。

 明かりの照度を一定に保ち、薄く遠くまで延ばし広げていくイメージで。

 魔力の消費も最低限に抑えて……。

 果たして、ナガレさんの全長が露わになり、さらにその倍ほどの暗闇が遠ざかっていく。

「もう少し広げますか? このままだと光の外側からいきなり魔物が現れちゃいますから」

 気になったので後ろを振り返って聞いてみれば、アル様もエルさんも、ほかの面々も周囲を見回して笑っていたんだ。


「やぁやぁ、見事だね。これだけ視界が確保できればいいだろう。ゴーグルで接近を感知できるだろうさ。ハクに頼ってばかりはいられないよ」 

 アル様が僕の頭をクシャリとなでた。

「魔力量は大丈夫かい?」

「一定に絞っているから大丈夫ですよ。僕の意識が保たれていれば……、という条件付きですが」

 肩をすくめて見せれば、みんなが声を上げて笑っていた。

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