第82話 力尽きて目を閉じたあと

 目をギュッとつぶった耳に、船体が砕ける破壊音が聞こえた。

 身体にも衝撃が伝わって、全身が異常なほどに揺さ振られ、何がなんだか訳がわからなくなる。

 舳先がひしゃげて飛び散り、翼がバラバラに壊れ、二階のデッキ部分がバリバリと剥がれていく音。

 船体の側面が抉られて、下層の船室も粉々に粉砕されていく。

 ああ、天井が持っていかれた!?

 剥き出しになったコックピットと船室は、座席のギリギリ上まで、突っ込んだ穴の天井に接していた。

 足下の床も剥がれ始めているけれど、アル様とエルさんが張ってくれた結界のおかげで、なんとか持ち堪えている!

 僕は全力でブレーキペダルを踏もうとしたけど、スカッと足が抜けた!

 どうやらペダルと動力を結ぶ回路が壊れたみたい。

 ハンドルを握る手に、止まれと強く念じた!!


 もうそれしかできなかったんだ――――。


 それは長いようで、一瞬の出来事だったんだと思う。

 階層をつなぐ階段の距離は二十メーテから三十メーテくらい。

 壁に方々をぶつけながら、僕らは光の中に飛び込んだ!

 ザザザァーーッ!と、地面に船体を擦りつけながら滑り、何度が回転して飛び跳ね、やがて壁面に激突して、天地がひっくり返ったまま船は静止した。

「全員無事かぁーーッ!?」

 雷のようなジジ様の声が聞こえた。

 それに呼応するように次々と返事が上がっていた。

 それぞれの声が確認できたよ。

 幸いなことに、結界のおかげで投げ出された人はいなかったみたい。

「ハクーーッ!?」

 近くでアル様の声を聞いた。

 僕は安堵の息をついて、そのままハンドルにしがみついたまま意識を手放していた。



 ***


 目が覚めたとき、見えたのはウサウサテント内の部屋の天井布だった。

 ボーッとする頭で虚ろに見上げていると、額に冷たい何かを感じた。

「大丈夫ですか、ハク様?」

 のぞき込んでいたのは真っ黒モフモフのメエメエさんだった。

「…………メェ……ゴホッ」

 喉がカラカラに乾いて、声が出ないや……。

「三日ほど眠っていらっしゃいましたから、声が出なくても仕方がないです。自分で起きられますか? 無理なら誰かを呼んできますが……」

「だい、じょぶ……」

 肘をついて自力で身体を起こせば、メエメエさんが背中に大量のクッションを押し込んでくれた。

「はい、どうぞ」と、ストロー付きのカップが手渡される。

 

 カップの中身は経口補水液で、身体にしみ込んでいくようだった。

 二杯飲んでようやく落ち着いたよ。

「魔力切れと、精神的な疲労だろうというのが、アルシェリード様の見立てです。食事が食べられそうならミルク粥をお持ちしますよ」

「うん、お腹がペコペコだよ」

 言われて気づけば、お腹がキューキュー鳴っていた。

「すぐお持ちします」

 メエメエさんが部屋を飛び出していけば、間もなく精霊さんたちを引き連れて戻ってきた。

 みんなにも心配をかけてしまったみたいで、抱きついてくるんだ。

「たいたいない~?」

「げんきでた~?」

「しんぱいした~!」

 眉毛を下げたまま、口々に話しかけるその頭を、順番になでてあげたよ。

「うん、大丈夫。今はお腹が減っているだけだよ」


「さぁさぁ、みんな! ハク様のお食事の時間ですよ! ゆっくり食べさせてあげてください!」

 割烹着姿のメエメエさんが、ミルク粥が載ったトレイを僕の膝の上に置いた。

「マーサさんお手製のミルク粥です! 熱いですから、気をつけてお召し上がりください」

「うん」

 フーフーしてから頬張れば、優しい甘さが口いっぱいに広がって、心が穏やかになっていく。

 グリちゃんがお皿に顔を近づけて、「フーフー」してくれている。

 目が合ってほほ笑めば、ニッパーとかわいく笑い返してくれた。

「ハク様は私たちの太陽なんですから、早く元気になってください!」

 メエメエさんが布団の横に膝を折って座りながら、白桃の皮を剥いていた。

 まるでおかんだね。

 ふふふ。


 ミルク粥をぺろりと平らげれば、デザートの白桃が差し出された。

「身体が弱ったときは桃缶ですが、フレッシュな白桃で我慢してください」

 メエメエさんは精霊さんたちの口にも、白桃を押し込んでいた。

「みんなもしっかり食べて英気を養うんですよ!」

「は~い!」

「おいし~~!!」

 植物園産の白桃は瑞々しく、とろけるようなおいしさだもんね。

「魔力も順調に回復しているようですし、この調子なら今晩から普通の食事でいいでしょう。今日はこのまま安静に過ごして、明日から外で少しずつ身体を動かしましょう」

 メエメエさんも安堵の息をついていた。



 クッションに身体を預けながら、メエメエさんから話を聞いた。

「第七階層の暗黒から飛び込んだ先は、第九階層へ続く途中の安全地帯でした。『ゴーゴーハク号』はバラバラになりましたが、乗組員は全員無事ですのでご安心ください。いきなり第九階層に突入しなくて助かりましたよ」

 そうか。

 みんなが無事でよかったよ。

「ここが安全地帯だと確認できたあと、すぐにウサウサテントを設置して、意識のないハク様を運び込みました。休憩を挟んでから、全員で瓦礫の回収作業をおこなったんです。クルーザーはともかく、動力部に組み込んだ青色サンゴと、部屋の拡張に使った『銀枝の樹』の実を、無事に回収することができたのは僥倖ぎょうこうでした。あれをダンジョンに吸収されては、何が起きるかわかりませんからね」

 なるほど、そのとおりだね。

 メエメエさんは急須から湯飲みにお茶を注いで、僕に差し出してくる。

 しっかり自分の分も準備していた。

 精霊さんたちは自分のポシェットから、ジュースを出して飲んでいたよ。


「そうそう、聞いてくださいよ。アル様とヒューゴさんと一緒に、階段の入り口まで戻ってみたら、その先は真っ黒な世界だったんです。空を飛べる私が外に出て周囲を確認したところ、入り口同様に、出口も十センテの板のような境界だったんですよッ!?」


 唯一点の出口を見つけられたのは、本当に幸運だったのだろう。

 少しでもズレていたら、魔力が尽きるまで暗黒の世界をさまよい続けて、最後にはダンジョンに飲み込まれてしまったのかもしれない。

 そう考えると、恐ろしさに震えが上がってきた――――。


「つまり第八階層から第九階層へは一方通行で、二度と戻ることができないということです。そもそも第九階層へ辿り着けたことが奇跡なんです。その道を見つけ、そして開いたのは、間違いなくハク様です! あなたの判断を誰も疑っていません!! ハク様は誇っていいのです!!!」

 メエメエさんが力強く叫んだ。

 あのとき僕の胸に去来した迷いや不安が、伝わっていたのかもしれない。

 精霊さんたちもコクコクと何度もうなずいてくれた。

 僕は自然と涙が滲んできてしまったんだ。


 メエメエさんはわざと明るい声で、おどけたように叫ぶ。

「私たちが戻ろうとしたとき、第九階層へ続く階段の一番上に、宝箱が出現したんですよ!突然現れたので驚きました!! 後ろを振り返らなかったら、あの宝箱をゲットできなかった気がします!? おのれ! どうしてくれようこのダンジョンッ!!」

 メエメエさんがプンスコしながら床を殴っていた。

 ウサウサテントの床はクッション性が高いから、地面には響かないと思うけど。

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