第81話 第八階層 暗黒世界を飛ぶ船
「やぁやぁ、メエメエさん。それじゃあハクが窒息してしまうよ……、と言いたいところだが、のん気にしてもいられないようだねぇ?」
アル様が指差す先を見れば、真っ黒な奈落の口が差し迫ってきていた。
すでに青い空は消えうせ、視界のすべてが真っ黒に染まっている!
「この音を聞くと、植物園の川にある大滝を思い出すねぇ」
腕を組んで顎をさすりながら、アル様の口からこぼれ出た言葉に、我が耳を疑った。
そんなことを言われると、いつかのラフティング中に空に放り出された記憶が蘇ってくるじゃない!?
そのタイミングで波の背に乗せられたのか、船首が大きく浮かび上がり、すぐさま落下するように落ちた!!
波に飲まれないように舵を切るのがやっとで、血の気が引く思いだったよ!!
「わぁッ!?」
メエメエさんが窓に向かって飛んでいき、ガラスにぶつかって叫んでいる!
「メッチャ顔をぶつけましたぁぁ~~ッ!!!」
どこかに掴まっていなよ!?
グングン加速するクルーザーは、ブレーキペダルを踏んだところで、もはやなす術もない。
「このまま進めば落ちるぞ! どうするッ!?」
どんなときでも大らかに笑って余裕を見せるアル様が、今は焦りの表情を浮かべていた。
ここは植物園の滝じゃないから、落ちたら海の藻屑になるだけだろうか?
ああ、ここはなんて意地悪なダンジョンだろうね。
さんざん油断させておいて、最後にこんな大仕掛けを用意しているなんて!
「滝まで残り三十メーテです!」
フロントガラスに張りついたメエメエさんが叫ぶ!
クルーザーはいまだかつてないほどの速度に乗っていた。
ここから階下の脱出路を目指して移動する余裕は、もうすでにないか?
後ろに座った誰も、動く気配がない。
みんな肝がすわっているんだろうね。
アル様のほうを見ても、真っ直ぐに前を見つめて、逃げを打つ気配はない。
誰も彼もまだ、あきらめてはいないんだ。
きっとみんなが、僕を信じてくれているんだと思うッ!!
僕はキュッと口元を引き結んで、目の前の暗黒を睨みつけた。
このブラックホールみたいな漆黒に飲み込まれるのか?
何かないか、探せッ!!
見付けろッ!?
その刹那に。
目を凝らした漆黒の先に、薄らと明かりが見えた気がしたんだ。
気のせいかもしれない。
だけど、もしかして……。
果たして、どっちが正しいのかわからないけど、奈落の底に叩きつけられて、全員が無事に済むとは到底思えなかったんだ!
一瞬見えたあの薄明かりを、僕は信じたいッ!!
ハンドルを握る両手に力を込めた。
この船はイメージで姿を変えることができる。
ならば、一か八かで賭けてみよう――――!!
みんなで生きて帰るためにッ!!!
目を閉じてグッと足元のアクセルペダルを思いっ切り踏み込む。
ハンドルにありったけの魔力を注ぎ込んだ!
「ハクッ!!」
「ハク様ッ!?」
異変に気づいたアル様とメエメエさんが、驚きの声を張る!
だけどそんなことに構ってはいられない。
ハンドルに覆いかぶさるようにして、ただひたすらに念じた。
飛べ! 飛べッ!!
船に翼よ、生えろーーッ!!
あの薄明かり目掛けて、この漆黒の世界を飛んでいけぇーーッ!!!!!
僕の心の声が聞こえたのか、フウちゃんが僕の背中にドンとしがみついてきた!
風がクルーザーを包み込むのを感じた!!
大滝から猛スピードで飛び出したクルーザーは、その勢いのまま真っ直ぐに、漆黒の世界に突っ込んでいく!
「船が飛んでますぅぅぅ~~ッ!? ふらぁ~~い!!!」
メエメエさんがうるさい!
「……おお? ……おおお! ウオオオォォーーッッ!?」
アル様の雄叫びが聞こえた。
背後からも大きなどよめきが聞こえる!
クルーザーが大滝から飛び出したことで、奈落に落下することは回避された。
もしかしたら、あの底に第九階層へ続く道があったのかもしれない。
僕が勝手なことをして、判断を間違ったのかもしれない!?
だけど!
だけど、何かがあの薄明かりを目指せと、どこかで叫んでいるような気がしたんだ!?
あとは僕の魔力だけで、どこまでこの暗黒の世界を飛んでいけるのか。
その先がどうなっているかわからなくても、今は飛んでいくしかない。
僕は自分の判断を信じるッ!!!
きつくハンドルを握りしめる手の甲に触れた、小さな手に気づいて目を開けると、ポコちゃんがニッパーと笑っていたんだよ。
「てつだうね~」
ポコちゃんが重力操作魔法で、暗黒世界を飛ぶ船体を軽くしてくれた。
背中にくっついたフウちゃんも、「わたしも、がんばる~!」とつぶやいて、翼に風をまとわせてグングン加速させてくれている。
僕はひとりじゃない。
ハンドルに擦りつけていた頭を上げて、ジッと前方に目を凝らす。
ユエちゃんが飛んできて、僕の頭に顔をくっつけて、同様に前を見すえた。
「ハク! ボクの視界と同調して! 暗闇の先が見えるかも!」
どうすればいいのかなんて、頭で考える必要はない。
ユエちゃんの魔力もまた、僕から派生したものだ。
シンクロすることなんて、言葉にするよりも簡単なんだ!
僕とユエちゃんのやり取りを聴いて、メエメエさんも気づいたみたい。
僕と同じように前方に全神経を注いで見る。
僕とユエちゃんとメエメエさんの視界がリンクするように、ただ一点を見つめ、その唯一点を見つけたッ!!!
「前方五百メーテ強! その先にわずかな光を感じますッ!! 『ゴーゴーハク号』はそこへ向かってゴーゴーゴォォーーッッ!!!!!」
メエメエさんが絶叫していた。
メッチャうるさいッ!!
「落ち着きなさい、メエメエさん。ハクの集中を邪魔してはいけない」
アル様がメエメエさんを捕まえて、懐にガッチリホールドしてくれた。
ピッカちゃんが飛んできて、進路の先に光の矢を放つ。
それは柔らかな光となって、クルーザーの行く手を示してくれた。
精霊さんたち全員が僕の座席にくっついて、魔力を注いでくれている。
なんだか涙が出そうになったよ。
あそこまでもう少し!
……四百メーテ。
……三百メーテ。
…………二百メーテと、クルーザーは加速しながら近づいていく。
残り百メーテ!
徐々にくっきりと見え始めた小さな光は、ここまで何度も見てきた、階段の入り口と同じ形状をしていたんだ!
ああ!
僕は間違っていなかった!?
「皆さん! 第九階層へ続く階段です!!」
メエメエさんの声に、背後からにわかに歓声が上がったよ!
五十メーテと接近したとき、アル様が前方に身を乗り出してつぶやいたんだ。
「だが、まだだ! この船体が通り抜けられるかッ!?」
このクルーザーの大きさのまま飛び込めるかどうかだよね?
アル様が助手席から立ち上がって、僕が座る操縦席に駆け寄った。
「ハク! そのまま怯まず突っ込みなさい! 翼がもげても、船体が損傷しても構わない! ただ真っ直ぐに、あの穴を目指せッ!!!」
その声に心が決まった。
迷わず突っ込む!!!
「エルさん! 私と一緒にこの船室だけに結界を張ってくれ! ほかの者はミディちゃんを抱え込んで、全員頭を低くして守れ! 自身に身体強化を使うんだッ!!」
「了解です!!」
「おうッ!!!」
威勢のいい返事に、口の端が上がった。
みんなを信じよう。
自分を信じる!!
残り十メーテ!
「みんな! 力を貸してぇぇーーッ!?」
「はーい!!!!!!!」
七つの声が重なって、クルーザーは明らかに船体よりも小さな穴に向かって、全速力で突っ込んだッ!?
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