第80話 第八階層 一難去ってまた一難?
強烈な光と風が海上に降り注ぐと、ケルピーと人魚が吹き飛ばされ、波が砕けるように消滅していった。
余波を食らったクルーザーも例外なく吹き飛ばされたけれど、結界が船を守り、ユエちゃんの闇魔法が全員の足をデッキに固定してくれて、逆さになっても転がり落ちる者はいなかったんだ!
海面をあちらこちらへと転がっていくクルーザー。
前後左右、天地もわからないほど引っ掻き回されて、わけがわからない状態になっても、ルイスがしっかり抱きしめて支えてくれた。
やがて揺れが収まってきて、震えながら空を見上げたとき、ふたりの小さな精霊さんが、この世界の隅々まで照らすように、光を生み出す姿が目に飛び込んできた。
ピッカちゃんとフウちゃんが、空の真ん中で両手をつなぎ合って、目を閉じてお互いのおでこをコッツンコしている。
ああ、ふたりが無事でよかったッ!
その姿に涙がこぼれたよ。
その周りを守るように白いリングが幾重にも重なり合って円を描くさまは、神秘的で神々しくもあった。
ああ、フウちゃんの背中の羽が大きくなっているみたい――――。
まるで天の御使いのように思えたんだ。
徐々に波が収まってきた海を見れば、海上の波間の魔物姿はひとつもなくなっていた。
代わりに魔石や素材が大量に浮かんでいる。
クルーザーは相変わらず左右に揺れているけれど、ジジ様たちも物に掴まることで、自力で立てるくらいにはなったみたい。
ホッとすると同時に、ルイスに支えられたままデッキに尻もちをついてしまった。
「だいじょぶー?」
足にくっついていたポコちゃんが、心配そうに顔をのぞき込んできたので、手を伸ばしてギュッと抱きしめた。
自分の手が震えている。
ポコちゃんはその手をポンポンと、小さな手で叩いて宥めてくれたよ。
頭の上に差し込む日差しと一緒に、ルイスが息を吐く音が聞こえた。
「ああ、みんな無事ッスよ。ピッカちゃんとフウちゃんも降りてくるッス」
その声に釣られて、ポコちゃんと一緒に見上げれば、ふたりは片手をつなぎ合ったまま、僕らの元へ飛んでくるのが見えた。
ふたりの笑顔が輝いている。
空に向かって手を伸ばした、そのとき。
クルーザーが下から大きく持ち上げられたッ!!!!!
泡立つ波と一緒に空へと飛ばされたクルーザーの上では、グリちゃんのツタが無数に宙を走り、投げ出された全員の身体に巻きつき、命綱になってくれたんだ!?
ミディ部隊も必死にしがみついている。
「全員無事ッス!」
不安定な中でもルイスがあちこちに視線を動かして、安否を伝えてくれた。
「全員、グリちゃんのツタにしがみついてください! 海底がせり上がってきます! 全速力で船内に避難してくださいッ!!!」
スピーカーを通して、メエメエさんの絶叫が響いた。
グリちゃんが一気にツタを巻き戻し、船内の入り口へと導いていく。
そのツタを辿って、ひとり、またひとりと戻ってきた。
全員を回収し終えるのを確認して、ルイスが叫ぶ。
「グリちゃんは俺の背中に掴まるッス!」
ルイスは僕とポコちゃんを抱き上げると、グリちゃんを背中に引っ付けて、一目散で階段を飛び降り、船内に転がり込んだ!
ミディちゃんも次々と飛び込んでくる。
クーさんとユエちゃんが、ピッカちゃんとフウちゃんの手を引いて戻れば、最後にセイちゃんが猛スピードで飛び込んできて、船内を突っ切り、コックピットのガラスに激突していた!
「大丈夫ですか、セイちゃん!?」
「あいあい!」
メエメエさんの問いかけに、セイちゃんは頭をかいて答える。
勢いに押されてぶつかっただけで、ダメージはなかったみたい。
良かったよ。
メエメエさんは「魔力の実をどうぞ!」と言って、カゴにどっさり出していた。
セイちゃんはそれを抱えると、ピッカちゃんとフウちゃんの元へ飛んでいき、ふたりの口に押し込んでいる。
ほかの子たちも集まって、もりもり食べ始めたよ!
僕は這うように近づいて、ピッカちゃんとフウちゃんを抱きしめて魔力を注いだ。
「危ないことをお願いして、ごめんね!」
目をギュッと閉じて、腕に力を込めた。
「へいき!」
「ハク、まもってくれたよ~!」
ニコニコ笑って僕の首に抱きついてきたら、ほかの子たちも集まって、精霊団子の出来上がり。
ああ!
みんなが無事で、本当に良かったッ!!!
あとからミディちゃん全員を抱きしめて、魔力を注いで労ったんだ。
「君たちにも無理をさせてごめんね」
ミディちゃんは無邪気な笑顔で首を振ると、ケルピーと人魚の素材を両手に持って見せてくれた。
あの状態でも回収してきてくれたみたい!
「もう! 魔石より何よりも、自分の命を大切にして!」
叱っているのに、ますますかわいく笑うんだもの、僕は困ってしまったよ。
「やぁやぁ、油断大敵だねぇ。最後の最後にどんでん返しだ」
アル様が通りすがりに僕の頭をポンとなでて、コックピットに歩いてゆき、メエメエさんに声をかけている。
「状況はどうだい?」
「窓の外を見てください。暗黒世界へ招かれているようですよ」
メエメエさんの声に反応して、みんなの視線がコックピットへ向かう。
ガラスの向こう側には、青い空と海を背景に、真っ黒な大穴がポッカリと開いているのが見えた。
そこに吸い込まれるように、大量の海水が流れ込んでいるんだ。
このクルーザーも一緒に――――!?
慌てて操縦席に駆け寄れば、メエメエさんも僕に気づいてうなずいた。
「どうやら、このまま奈落に突っ込むようですね。残念ながら、この階層にも転移ポータルは期待できません。安全地帯さえも――――」
状況は思った以上に深刻なようだった。
「今からでも方向転換できない?」
メエメエさんは静かに首を振る。
「流れが非常に早く、横転しないようにバランスを取るのがやっとの状態です。それにダンジョンは先に進まなければ意味がありません! この奈落の先に、第九階層への門がある可能性も捨てきれませんし……。このまま突っ込むか、あるいは脱出するかの二択でしょうね」
メエメエさんも難しい顔をしている。
そのタイミングで、グラリと船体が大きく傾いた!?
咄嗟に操縦席のヘッドレストにしがみつけば、メエメエさんも必死にハンドルを押さえ込み、なんとか船体を立て直していた。
「しゃらくさい!」
メエメエさんもだいぶ苛立っているようだ。
助手席に座るアル様を見れば、真剣な顔で前を見すえていた。
「メエメエさんの言うとおりだね。これが罠なのか、第九階層の入り口なのか、奈落の底をのぞいてみないことには、今は判断できないねぇ。――――ギリギリまで粘って、最悪の場合は脱出も視野に入れるかい?」
そうなれば、また第七階層からやり直しになる。
「まだだ! あきらめるには時期尚早だぞ!」
背後からジジ様の力強い声が聞こえた。
振り返れば、全員が真剣な顔でこっちを見ている。
誰の目にもあきらめの色は浮かんでいない。
「逃げる判断は最後にしましょう!」
メエメエさんも力強く叫んだ。
全員が渋面を作って見つめる先は、ガラスに投影された舳先カメラの映像だった。
荒れ狂う海水がぶつかり合って大波を作り、ときには渦を巻いて、前方に向かって轟々と音を立てて流れていく。
クルーザーは荒れ狂う大波にさらわれながら、前へ前へと流されていくんだ。
「ハク様! そろそろ操縦を代わってください。間もなく魔力が切れます!!」
その声に弾かれて、慌ててメエメエさんと操縦を交代する。
メエメエさんは背後に向かって大きな声で指示を出した。
「皆さん! 今後の衝撃に備えて、全員シートベルトをつけてください! ――ハク様は神級マナポーションを飲んで、エネルギーチャージするんです!! この先は、操縦士の腕の見せどころです! 魔力満タンで挑みますよ!!!」
鬼の形相で三本のポーションを取り出し、僕の口に無理やり押し込むのはやめて!
むぐぐッ!?
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