第75話 第八階層 メエメエさんの趣味と技能

 しばらくするとメエメエさんが戻ってきて、背後の様子を報告してくれた。

「皆さんは大丈夫でしたよ。最初の攻撃で何本か単槍を失ったとのことです。矢は自動で戻ってくるので損失ゼロですね。結界発動後は、魔法攻撃に切り替えたそうなので、タブレット型ポーションで補いながら応戦中です。――――ちなみに魔物は半魚人でした」

 えぇ?

 メエメエさんの説明では、顔は魚で上半身はマッチョ人間、下半身はビチビチ魚なのだという。


「大柄なヒューゴさんよりもマッチョで大きかったです。魚の尾が長いので、全長四メーテくらいはありそうでした。手には水かきがあって、頭部から尾まで長い背びれで覆われています。正面から見るとモヒカンっぽく見えました! しかも腕にヒレがヒラヒラついて、振袖のように見えるんですッ!! さらに、ドロップ品が魔石とヒレなんですよッ!? すべて水の中に沈んでいきましたぁーーッ!!!」

 メエメエさんがヒートアップしていく。

「結論! うま味がまったくありませんッッ!!!」

 そうなのね。


 メエメエさんはつまらなそうに、椅子に座ってお菓子を食べ始めた。

「マグロはいいんです。マグロは。ですが半魚人はいただけません。醜いですし、食べる気が起きませんよ……ブツブツ」

 う~ん。

 メエメエさんって、醜い魔物であっても、一応食べれるかどうか考えるんだね……。



 間もなく背後のざわめきが落ち着いたようだ。

 こっちの一角マグロ群も数が減ってきているよ。

 後ろからルイスが駆け込んできて、父様からの指示を伝える。

「坊ちゃん、後ろの敵は粗方あらかた片付いたッス! 魔石と素材が水面に浮かんでるので、回収したいッス。一度戻れますか?」

 父様たちはメエメエさんたちとは違う意見みたいだね。


「わかったよ。速度を落として旋回するから、網か何かで拾えるかな?」

「それなら、第七階層の宝箱から出た網が、背後の収納庫に入っていますよ。ラビラビさんが複製していたので、全員分あると思います」

 メエメエさんが口の回りにお菓子クズをつけながら、ルイスに告げている。

「それはいいッスね! できるだけ拾うので、ゆっくり走ってください!」

「了解」

 ルイスは笑顔で戻っていったよ。


 そんな会話をしているうちに、一角マグロの襲撃が終わっていた。

 甲板のデッキではミディ部隊がせっせと回収作業を進めているんだけど、数が多くて大変みたい。

 するとユエちゃんが応援に飛んできて、一気に闇の世界に回収していたよ!

 ミディちゃんたちはユエちゃんにお礼のダンスを披露すると、そろってクルーザーの背後に飛んでいった!

 大忙しだね!

「メエメエさんもお菓子を食べていないで、お宝回収に向かったら?」

「これを食べたら検討します!」

 そう言って、新しいお菓子袋を取り出していたよ。

 はぁ…………。


 ゆっくり速度を落としながら船体を旋回させる。

 船首が陸のほうを向くと、この入り江の全貌が見えてきた。

 シンメトリーに湾曲した岸の真ん中に河口があって、左右には森が広がっている。

 遠くの岸は岩場みたいになっているから、あの辺が半魚人の住処なのかもしれない。

「半魚人がいるってことは、人魚もいるのかなぁ?」

「人魚といえば綺麗に感じるかもしれませんが、半魚人の女版かもしれませんよ。それにセイレーンなら歌声で狂わされるかもしれません。耳栓がない今、セイレーンは危険です!!」

 基準が耳栓なの?


「でもさ、人魚のミイラとか、霊薬になるとかいろいろ伝説があるじゃない?」

「確かに薬の材料にはなるかもしれませんね。……よし! 人魚を探しましょうか!?」

 メエメエさんは飛び上がって蹄を突き上げていた。

 それから「よっこらしょ」と座り直して、お菓子を食べ続けていたんだ。

 駄目だ、この黒羊――――。



 クルーザーを減速して、ゆっくりと半魚人の海域を旋回しながら進んでゆく。

 大人たちは一生懸命魔石を回収しているようだ。

 水魔法使いが波間に散らばったそれらを一箇所に集めて、ほかのメンバーが網ですくい上げているんだって。

 この辺は波も穏やかで、半魚人さえいなければ、いい感じの風景なんだよね。

 僕は操縦訓練を兼ねながら、クルーザーを操っていく。


 とはいえ、全部の回収は不可能なので、二十分くらいで切り上げることにした。

 その後、船内に集まって全員と相談し、一角マグロのリポップを待つことになった。

 おいしいマグロ肉はたくさんゲットして帰りたい!


 実は僕から見えていないところで、結界の外を飛んでいた一角マグロを、ジジ様たちも仕留めていたみたい。

「不細工な半魚人を相手にするより楽しかったわい!」

 ジジ様とカルロさんは、途中からマグロ漁に転向したようだ。

「落ちた魔石と魚肉は、クーさんに集めてもらいました」

 カルロさんがニコニコ笑って、クーさんにおやつを手渡していた。


 グリちゃんも手を挙げて僕に教えてくれるの。

「あのね~、ツルを、あみにして、ぼくもあつめたよ~~!」

 ほわほわ笑顔にほっこりしちゃうね!

「ボクもたくさん影の世界に取り込んだよ! コツを掴んだから、次から海に落ちた物は僕が集めるね!」

 ユエちゃんが小さな拳を握って、ガッツポーズを決めていた。


「ぼくは、ひかり、びゅーんってした!」

「あい! ジュッて、もやした~!」

 ピッカちゃんとセイちゃんが手を挙げて、自分の活躍をみんなにアピールすれば、大人たちが目尻を下げて頭をなでているね。

 フウちゃんとポコちゃんを見れば、カレンお婆ちゃんに抱っこされて、癒やし担当キャラになっていたよ。

 うふふ。


 僕らがのんびりしているころ、キッチンではミディ部隊が食事の準備を進めていた。

 姿が見えないと思ったら、メエメエさんが作務衣を着て指示を飛ばしていた。

 肝心のメエメエさんは刺身包丁を握りしめ、獲れ立て新鮮なマグロを切り分けている。

 職人のような手つきに驚いた。

 メエメエさんって、意外とコスプレ好きだよね!


 マグロの中落ちをスプーンですくって、ちょっとのワサビと醤油を垂らして食べれば、新鮮獲れ立てでメッチャおいしい!

 この食べ方に全員が驚いていたけれど、すぐに真似して、「うまい!」と叫んでいた。

 ワサビも植物園で栽培しているから、すり立てをどうぞ。

 カレンお婆ちゃんにド突かれながら、ヒューゴか大きな身体を丸めて、必死にすりおろしていたよ。

「ワサビはそんなにいらないぞ」

 見るに見かねて父様が助け舟を出していたんだ。

 ルイスが刺身の船盛を置けば、カレンお婆ちゃんと精霊さんたちが大喜びしていたよ。

 見事な船盛を作ったメエメエさんに、僕は心底驚嘆した!

 何その特殊技能!!


 それにしても。 

「ダンジョンのいいところは、解体が不要で、最高の状態でドロップすることだよね」

「すぐに時間停止機能付きのマジックバッグに保管すれば、いつでも最高の状態で食べられますからね」

 作務衣を脱いだメエメエさんが僕の横に来て、マグロを一切れ口に入れるとうなずいていた。

「醤油とワサビがあって本当によかったね!」

 我が家の面々も魚の生食に抵抗がなくなって、ハイエルフさんたちにも普及し始めているんだよ。

「生の魚を食べる日が来ようとはねぇ……」

「ええ、この鮮度がなければ難しいですが、病みつきになりそうですね」

 ライさんとエルさんがうなずき合いながら、船盛のツマをモリモリ食べていた。

 鮮度のほかに寄生虫も問題だけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る