第74話 第八階層 おいしい敵

「操縦といっても、ハンドルを握って魔力を流すだけだよ。あとはイメージで速度を調節するの。適度な速度にしないと、水面から浮き上がって転覆するかもしれないから、無理は禁物なんだよ!」

 アル様にはきちんと注意しておかないと、絶対何かやらかすと思う!


「ほうほう! おもしろそうだね! さぁさぁ、発進しておくれッ!!」

 メッチャ急かすよね~!

 仕方がないのでハンドルに魔力を込めて、ゆっくりとクルーザーを発進させる。

 車のアクセルとブレーキペダルみたいなものがあるといいかも?

「二階のデッキにも誰かいるようですよ。初速はゆっくりめで!」

 メエメエさんがアル様と場所を代わり、僕の肩に短い足をかけ、頭に顔を乗せて前方を注視している。

 その肩車はやめてほしい。

 ゆるキャラ帽子を被っているように見えるじゃない。


 アル様はコックピットのガラスに張りついて、水面を走るクルーザーの動きに感動していた。

「やぁやぁ、私も世界を旅してさまざまな船に乗ってきたが、これはまた早くて揺れが少ないねぇ!」

 子どものように瞳を輝かせて、僕を振り返るんだよね。

「これはクルーザーって言うんだよ。下に船室があって、高速走行で巡航できるんだ。動かすにはちょっと魔力を多く使うけどね」

「さっき下を見てきたよ! 全員が泊まれる個室が完備されていたね!」

 エルさんが輝く笑顔で報告してくれた。

 えぇ?

 もしかしなくても、ラビラビさんが改装したんだろうねぇ……。

 ということは、また『銀枝の樹』の実で空間を拡張したのかな?


 ふと手元を見れば、ハンドルの側にボタンが三つ付いていた。

 そこには【結界】【緊急停止】【カメラ】と書かれていたよ。

 先のふたつは意味がわかるけど、最後の【カメラ】って何よ?

「そのボタンはなんだ?」

 ライさんも【カメラ】の意味がわからず、気になっているようだ。

 もちろん僕もそうなので、押してみたらガラスの一部が、舳先へさきの映像に切り替わったんだよ!

「おお、凄い!」

「凄いな!!」

「素晴らしいですね!!」

 僕の回りにたむろしているアル様&ライさん&エルさんが、同時に感嘆の声を上げていた。

 みんなが子どものように瞳を輝かせている。


 僕もちょっと驚いたけど、みんなのように感激するほどでもない。

 頭上のメエメエさんも、冷静に分析していた。

「なるほど、このカメラ画面があることで、前方の死角が無くなるんですね。……だったら全方向にカメラを搭載し、ボタン操作で切り替えできるようにしましょう。非常時には誰かにサポートしてもらったらいいです! あとでラビラビさんに伝えておきましょう!」

 メエメエさんもアイデアが浮かんで、瞳を輝かせていたよ。

 どんどん装備が増えそうだね……。


 このコックピットの椅子はメッチャ座り心地がよくて、身体を包み込んでフィットしている。

 足下もラグジュアリーな作りになっているんだよ。

 目の前のガラスも大きく、左右がぐるりと見渡せて視界良好!

 気持ちがいいね!

 アル様が横に椅子を取り出して、ハンドルを操作する僕の魔力の流れを、真剣な眼差しで観察していた。

 その椅子だと急停止や旋回のときにひっくり返りそうだから、車のように助手席を用意してもらったほうがいいかもね!

 このクルーザーはまだまだ改良の余地がありそうだった。



 徐々に速度を上げるクルーザーの後方が、にわかに騒がしくなった。

「魔物だ! 全員戦闘準備ッ!!」

 ジジ様の叫ぶ声に反応して、エルさんとライさんが素早く船室から飛び出していく。

 アル様は僕の横に張りついて動こうとしない……。

「アル様は行かないんですか? 新しい魔物との出会いの場ですよ?」

「うむ。そう思うのだが、こっちのほうが気になってしまってね」

「…………クルーザーの運転は、ナガレさんの湖でも練習できますよ?」

「おお、そうか! では行ってこよう!」

 真剣な顔からピッカピカの笑顔になって、アル様は飛び出していったよ。

 頭上のメエメエさんと一緒に、その背中を見送った。


 アル様がいなくなった椅子に、メエメエさんが移動して座る。

「やはり全方向カメラは必要ですね。後方の様子がわかりませんから」

 ガラス越しに前方の景色を睨みつけても、背後の様子がさっぱりわからないよね。

「うん、後ろの魔物ってなんだろう……」

 僕も気になってつい後ろを向いてしまうけど、「運転中です! 前を向いてください!」とメエメエさんに注意されちゃった。

 いけない、いけない。

 前方不注視は事故のもと。


 なんて、視線を前に戻した瞬間。

 眼前に巨大マグロの群れが接近していた!

「キャーッ!?」

 ぶつかると思って咄嗟に顔をそむけてしまうと、メエメエさんが飛び上がって【結界】ボタンをポチッと押した!

 同時に巨大マグロの群れがバンバン衝突して、結界の中に魔石とマグロの部位がポーンと転がり落ちてくる!!

 衝撃が吸収されているようで、船が傷つくことはなさそうだ。


 赤身に中トロ・大トロ・中落ち、ああ! 兜が転がっているよ!!

「ヒャッホーイ! 今夜はマグロ尽くしですねッ!!!」

 メエメエさんが椅子の上で小躍りしながら、メガホンを取り出して叫んだ。

「ミディ部隊! 結界内に落ちた魔石と魚の部位を回収してくださいーーッ!!!」

 耳がキーンとなっちゃう!

 すぐ横で叫ばないでよ!?


 とりあえず、敵の攻撃は無効化できるとわかったので、僕は安堵の息をついた。

 少し冷静になって周囲の景色を観察すると、いつの間にかクルーザーは河口から入り江を抜けて、大海原に飛び出していた。

 青い空と白い雲、その下に広がる見渡す限りの青い海。

 目の前に飛んでくる巨大マグロは体長三メーテ以上あって、丸々とした身体に一メーテ以上ある鋭利なつのを持っていた。

 カジキマグロも角みたいなものがあるけど、こっちはホンマグロにねじれ一角が生えている感じ。

 よく見れば、ヒレとかも鋭利な刃物のようになっていて、ロケットのように突っ込んでくるんだよね。

 その一角と刃物ヒレもジャンジャン落ちてきている。

 ミディちゃんたち、気をつけてね!


「ふむ。ここまで油断させたあとでこの集中攻撃とは、一般の冒険者では太刀打ちできませんね!」

 メエメエさんが妙なことに感心していた。

「第六階層でおもちゃの船を手に入れたとしても、最初のボート型で海に漕ぎ出すのは自殺行為じゃない?」

 ここでは標的になりやすいよね?

 それにはメエメエさんも納得の表情で、「そうですね」と相槌を打っていた。

 ほんと、クルーザー様様だよね。


 僕は背後の様子が気になって仕方がないので、見て来てもらうことにした。

「メエメエさん、背後と上のデッキを確認してきてくれる? 結界を張る前に背後から攻撃を受けているから、怪我人がいないか確認してきて」

「かっしこまり~~!」

 メエメエさんは元気な返事をしたあと、いつもどおりにフヨフヨ~と飛んでいった。

 もうちょっと緊急性を身体で表現してほしい。

 ため息をつきながら、前方へと視線を戻す。

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