第73話 第八階層 フヨフヨ飛ぶよ
僕らが落ち着くのを待って、ジジ様が号令をかける。
「よし! まずはこの川の流れに沿って下ってみるか‼ よもや上流に向かうという選択肢はあるまい?」
ジジ様が力強く叫んだあとで、アル様がクルリと背後を振り返り、ニヤリと笑っていた。
「そうだったら、かなり性格が悪いねぇ」
まったくだ。
「実際のところ、後ろはそんなに広い空間ではなく、映像を見せられているだけかもしれませんよ。階段が向いている方向で間違いないでしょう」
メエメエさんの言葉に全員がうなずくと、足並みをそろえて歩き出した。
この先は魔物が襲ってくる可能性があるので、クーさんと水精霊のミディちゃんに川の流れに注意してもらい、ほかの子たちには上空の監視をお願いした。
もちろん背後の警戒も忘れずに。
何かを視覚に捕えれば、マッピングスキルに反応するはずだ。
ちなみにマッピング画面を開いても、今は味方の青マーカーしか表示されない。
本当に平和過ぎて怖いよね?
水の音を聞きながら風に吹かれて、なんだか爽やかな気分になってくるよ。
しばらく歩いても一向に魔物の襲撃がないせいか、ルイスが「いい景色ッスね~」と、のんびりと話しかけてくる。
「確かにおかしな階層だよね」
僕とルイスが世間話をするように会話していると、エルさんに注意されちゃったよ。
「油断させるのが狙いかもしれないから、気を引き締めてね」
エルさんの言葉に、僕とルイスはキリリ眉毛でうなずいた。
それを見ていた父様たちが、困ったように苦笑している。
「ハクはともかく、ルイスはしっかりしてくれよ?」
「了解ッス!!」
ルイスがビシッと敬礼していたけど、なんだか頼りないねぇ。
「見た目がチャラ男ですからね……」
メエメエさんが本人に聞こえないようにつぶやいた。
見た目で判断しないであげて?
それからもしばらく同じ景色が続いたんだけど、徐々に川幅が広がっていることに気づいた。
空を飛ぶフウちゃんが前方を指差して叫んだ。
「さきが、ひろくなってる~!」
「ほんとだー!」
「あれ、うみ~?」
「みずうみかも~??」
「あいあい!」
呼応するように、みんなが口々に声を発した。
水の流れに注視していたクーさんも顔を上げた。
「かわ、ここふかいよ~! あと、みず、しょっぱい!」
クーさんがミディ部隊の子たちを見れば、ふたりの水精霊さんもコクコクとうなずいているね。
おお?
もしかして、これはいよいよクルーザーの出番かな?
ユエちゃんが期待に満ちた瞳で飛んできて、「船を出そうか?」と聞いてくる。
「もうちょっと待ってね」
ユエちゃんとふたり、ウキウキしながら軽い足取りで進んでいけば、川は大きな海に出た!
陸地が途切れた先は、見渡す限りの水面で、遠くに真っ直ぐの水平線が見える。
湾曲していないところを見ると、ここはやはり箱庭の世界なんだということを実感するね。
河口の風景から足元に視線を落とせば、もはや川底は完全に見えなくなっていた。
この水深ならクルーザーを出しても大丈夫そうだね!
「アル様! ここで船を出してもいいですか?」
「うん? ああ、出発前にラビラビさんが手渡していたあれかい?」
アル様が振り返って僕を見ている。
むふふ!
「ユエちゃん、あれをちょうだい!」
「了解!」
ピカピカの笑顔で、影の世界からミニチュアクルーザーを取り出してくれた。
それを頭上に掲げ持ち、全員に見えるようにする。
「じゃーん! 第六階層の宝箱から出た、あのおもちゃの船を改良したんです! ここから先はこの船で行きましょう!!」
「ラビラビさんデザインかね?」
アル様が興味津々でのぞき込んでくる。
この世界の船の形状とは明らかに違うから、気になるんだと思うけど……。
「違うよ~!? 僕のイメージで作ったこの船に、ラビラビさんがちょっと手を加えただけ!」
不満げに口を尖らせる僕を見て、アル様は「すまん、すまん」と謝った。
ほかの面々もおもしろいものを見るように、僕を注視しているね!
よ~し!
ここで初お目見えしちゃうよ!
少しだけみんなの前に進み出て、おもちゃのクルーザーを水に浮かべる。
船体に手を触れながら魔力を注げば、それはグングン大きくなって、全長三十メーテの豪華クルーザーに早変わりした!
みんなが「おお!」と感嘆の声を上げて、目を見張っている!!
真っ白な船体に刻まれた、ブルーグラデーションの『ハク号』の文字がまぶしいねぇ。
満足そうに見上げる僕の横で、メエメエさんが不満の声を上げた。
「異議あり! ここは『ハクとメエメエさんと愉快な仲間たち号』にすべきですッ!! 修正してくださいッ!!」
くだらないことを言い出す駄羊は無視して、クルリと全員を振り返った。
「さぁ、乗りましょう!!」
輝く笑顔で言ってみた……ら、そこにはすでに父様しかいなかった!?
えぇ???
「やぁ! これは素晴らしい!!!」
頭上からアル様の明るい声が聞こえてきた!
えぇッ!?
なんで僕より先にみんなが乗っているのよッ!!!
僕の横に父様しか残っていないって、どういうことなの??
ひとり水面で地団駄を踏む僕を宥めて、父様が「登れるかい?」と遠慮がちに聞いてきた。
むむ!
「大丈夫です! 特訓の成果を見てください!!」
キリッと力強く告げてみた!
重力操作ブーツを華麗に操り、精霊さんと同じように、フヨ~と浮かび上がって、横にスライドするように船の上に着地した!
その間、僕の足はほとんど動いていない。
そのあとを追うように、父様が軽やかなステップで乗船してきたんだよね。
「まぁなんだ、精霊さん飛びをマスターしたんだな! 偉い、偉い」
ニコニコ笑って頭をなでてくれた。
上から様子を窺っていたアル様は、お腹を抱えて爆笑していたけど!?
「やぁやぁ、ハクらしくていいじゃないか!」
そう思うなら、笑うのをやめてほしい……。
「面妖な飛び方を身につけたんですね」
メエメエさんが生温かい視線を向けて、口元を蹄で隠しながらニヨニヨしていたよ!
むむむッ!!
「面妖って何よ! 綿羊のくせに!!」
メエメエさんを取っ捕まえて、頭部モフモフをギューギュー引っ張ってやったよ!
「ちょっと、やめてください! 全然うまいこと言えてませんからねッ!?」
メエメエさんとドタバタ取っ組み合いをしていると、父様に襟首を持ち上げられた!
「ここがダンジョンだってことを忘れていないか?」
僕が叱られちゃったよッ!!
首根っこを掴まれ、宙吊りにされてブー垂れる僕を、父様が呆れたように見下ろしながら、今度はメエメエさんを叱っていた。
「ハクをからかって遊ばないように!」
「はい! 承知いたしました!」
メエメエさんは神妙にうなずきながら、頭部モフモフを直していた。
ぷりぷりぷーだ!
父様が大きなため息をついたそのとき。
突然アル様が僕の襟首を掴んで、父様から
「わぁ~~っ!?」
そのまま風になびきながら、クルーザーのコックピットに連れていかれたんだ。
ポイッと椅子に座らされて、両肩をがっしり固定された僕!?
「やぁやぁ! これはどうやって動かすんだね!?」
頭にかかるアル様の鼻息が荒いね!
左右を見れば、エルさんとライさんが興味津々でのぞき込んでいる。
目新しい魔道具に目がないのかな?
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